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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~伝える力~

井上 多恵子 [プロフィール] :6月号

 「伝える力をいかに高めるか」、ここ数週間、このテーマについてずっと考えてきた。きっかけは、私が書いた見本原稿に対するフィードバックだった。数ヶ月前から出版塾に通う中で書いた、本の企画書に入れた原稿だ。練りにねって書いた努力は、「これでは読者が何をしたらいいかわからない。雑誌向けならいいけれど、本には向かない」というコメントで、いとも簡単に崩されてしまった。精神論ではなく、ここまでか、というぐらい手取り足取り丁寧に書かないと、本は売れないらしい。「女性が持てる力を発揮して、活き活きと働くためのアドバイス」を入れた本を書きたいと思っているのだが、「夫の協力を得る」がテーマなら、どういうタイミングでどういうふうにどんな話をもっていくのか、まで書かないといけないらしい。コミュニケーションについて指導もし、通訳もし、「伝えることが上手だ」と自負してきただけに、ショックだった。
 しかし、ずっと考えてきたせいか、「一般受けする本」という末経験のジャンルでも、より良く伝えるためのコツが少しずつ分かってきた気がする。某企業で役員クラスのある女性を囲んで話す機会が先日あった。彼女の話はユーモアもあり、楽しげで、魅了された。その魅力が一気に高まったのは、質問をその場で何名かが投げかけて、それらに対し彼女が答えるコーナーの中だった。どうふるまえばいいのかを、なぜそうするといいのかという理由までつけて、落とし込んでいた。例えば、メンバーと話をしないグループリーダーと接する際には、まずは、その人をいち早く出世させることでその人から独立できる、という考え方を採用する。その上で、接する時間が多ければ多いほどその人のことを好きになるという「頻度の法則」にのっとり、毎日5分間、報告や相談をしたり、アドバイスをもらったりする。その際に使うフレーズは、「少しお時間いいですか?先日のプレゼンについてアドバイスをいただけないですか?」どんなに孤独が好きそうに見える人でも、本当は人と話したがっていることが多い。関係性ができたら、「ポジティブな提案」という形で、彼にどう行動してもらいたいかを伝える。なぜ、こんなにも腹落ちする形で、彼女は伝えることができるのだろう。抱いた疑問は、「異文化の人々をブリッジ=橋渡しすること」という彼女の強みを聞くことで解消された。エンジニアが作成した提案をビジネスサイドの人が理解できるように伝えたり、日本人と外国人の間をつなげる工夫をする中で磨いてきたりした強みが発揮されていた。
 5月中旬に仕事でニューヨークに出張をした際、帰りの飛行機の中で視た映画The Guilt Trip(『人生はノー・リターン ~僕とオカン、涙の3000マイル~』も、伝え方を教えてくれた。バーバラ・ストライサンド扮する母親が、研究者の息子が開発した安全な洗剤の売り込みをする旅に同行する中で、息子にアドバイスをする。専門用語を並べるのではなく、聞いている人が自分ごととして捉えることができるよう、その人の大事な家族が普通の洗剤を使うことで被るダメージをリアルに語ったらどうかと。説明が全く成功していないにも関わらず当初アドバイスに全く耳を傾けなかった息子も最後になって、説明の仕方を変えアドバイス通りにやる。すると、新しい説明の仕方が、研究者と一般消費者の間にある溝を埋め、売上につながった。
 先日英文履歴書の書き方について講義をした。何度もプレゼン原稿を見直し、「これでばっちり!」というレベルに仕上げて説明をした。笑いも取れたし、わかりやすく説得力はあったと思う。しかし、主催者が最後に、「英文履歴書を書いたことが無い人は何人いますか?」と聞き、何名かの方が英文履歴書を書いたことも見たことも無い、という話を聞いて、しまったと大いに反省をした。講義時間が限られていたこともあり、その中でできるだけ多くを伝えたいと思う気持ちが先に立ち、「そもそも全くそのことについて知らない人がいる」ということに考えが及ばなかった。
 プロジェクトを推進していく中で、さまざまなステークホルダーと接する際には、それぞれの立場や理解度や関心度に合わせ、各人が腹落ちする形で伝える必要がある。そのためには、私の講義の経験からも、相手を研究することは不可欠だ。仮に、事前に調べることができなかったとしても、対話をしながら確認することもできる。
 このように伝えることを考えてきた私だが、先日嬉しいフィードバックももらうことができた。海外から集まった人たちにプレゼンをした際、「存在感があった。エネルギーとパッションに満ち溢れていて伝えたいことが伝わってきた」と何名かの人に褒められた。そう、スキルを磨くこともとても大事だけれど、「伝えたい気持ち」がベースにあることが、全ての出発点だと信じている。そのことが証明されたと感じた瞬間だった。

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