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「グローバルで通用しているビジネスの常識を学ぼう」 (13)
―地政学的戦略論からのアプローチー

渡辺 貢成: 4月号

A. 先月はDさんから図書2020年の話で「日本が衰退する可能性を指摘され、3年後の現在もその方向で進んでいる」と指摘された。その話を聞いてがっかりすると、図書100年後予測では「日本経済の現状は良くないが、日本人は重大な危機に直面すると、国民が一致団決してすごいことをする。日本人がこのままでいる筈はないと指摘し、2050年には再び米国と戦争をする」と書いてあったと、うれしいような、うれしくないような話があった。ただ、最大の問題は国にも、経営者にも適切な戦略がないという問題だとの指摘を受けた。今月は戦略について話をして欲しい。
D. 私は日本には2つのタイプの経営者が活躍していると思っています。第一のタイプは優秀なエリート経営者です。このエリート経営者はエスタブリッシュ大学の卒業生で、優秀な成績で役所や大企業に入った誰もが認めるエリートです。第二のタイプは有能な経営者です。有能というところが味噌です。どちらかというと成績より実利タイプの経営者です。優秀なエリートタイプをA型とします。A型には何種類ものタイプがありますが、大きく分けてMBAタイプ(戦闘型)と人脈型(調整型)がいます。A型は高度成長期に幅を利かせました。MBAタイプは弁が立つことで脚光を浴びてきました。人脈型は上層部との関係性構築がうまく、経営戦略を持たないことが人脈形成に有利だということをよく知っている人材です。このタイプは役員となりトップに上り詰めます。今の大企業の経営者の80%は人脈型です。MBA型は威勢がいいのですが脇があまく、人脈型に蹴落とされます。しかし、人脈型だけでは企業の存続が危ういので、20%はMBA型が残ります。有能な経営者は独自の戦略の持ち主で、事業を次々と成功させてきたオーナー経営者がそのタイプです。
A. それは面白い分析だな。言われてみるとその通りかもしれないな。今日の議論もまた面白くなりそうだな。
D. 問題なのは不況時の経営者の態度だと思います。人脈型経営者はコスト削減型戦略の持ち主です。本当は人員削減をしたいのですが、これは世論の非難を浴びるので欧米のごとく人員整理ができません。人脈型はグローバル戦略型ではなく、日本型戦略を実行します。企業困難の原因を経営者でなく、社会に転嫁する戦略論です。「円高で輸出が減り、日本企業は困難」と経営危機の現状を、マスコミを通して宣伝します。この世論操作で、緊急の景気対策国債が発行され、危機を乗り切っています。会社では失敗をしない努力で頂点に上り詰め、苦しくなると、世論操作で経営的努力なしで、企業に金を入れる高等な戦略を実施しています。現実に不況期に企業がつぶれているのは中小企業だけで大企業は収益を伸ばしています。このように企業がリスクをとる戦略を持たないので、会社の預金が増え、銀行から金を借りなくなります。お陰でゼロ金利でも銀行から金を借りません。また、金余りでありながら正社員を派遣に切り替え、実質的に給料を下げてきたので、社会がデフレになるのは当然です。アベノミクスで総理が社員の昇給を促しました。経団連の会長は値上げに反対しましたが、金余りの会社が賃上げに呼応しました。
さて、ゼネコンですが、実力がありながら継続的にグローバル進出の努力をしていません。していないというとウソになります。何回かグローバル進出を試みていますが、失敗しています。最近では、T社がトルコのイスタンブールで東西をつなぐ海底道路を新方式で設置し、イスタンブール市民に喜ばれています。このことは喜ばしいのですが、財布を真っ赤にして戻ってきています。これは戦略でも、また企業努力ともいえません。不思議なことにゼネコンが困ると、災害が発生し、不況になり、国を挙げて不況対策として、箱物事業が生き返ってきます。同じ海外プロジェクトを実施するエンジニアリング会社があります。アルジェリアの人質殺傷事件で有名になりましたが、エンジニアリング3社で共同して1兆6千億円の工事を受注し、成果をあげています。エンジニアリング会社もゼネコンも同じ建設系です。日本人は外人を使うのに慣れていません。そこで工事で赤字を出してしまいます。エンジニアリング会社は仕方なくイギリスの会社と提携し、現場工事をイギリスの会社にまかせ、共同受注をしたことでて、海外プロジェクトで利益が出るようになりました。その後現場工事に関するイギリス会社の仕事振りを研究し、そこからノウハウを習得し、現在は日本人だけで、海外の建設会社を使いこなせるようになりました。1兆6000億円の工事ではインド人、アラブ人と人種の異なる作業員を使って作業します。作業現場は50,000人の作業員を必要としますので、50,000軒の住宅を準備し、食事の世話、診療所設置などの都市を建設しています。困るのが食事です。宗教に律せられた厳しい約束事を守る必要があります。4年間の工事でしたが死者1名という快挙(奇跡)でした。日本に戦略がないのではなく、リスクに挑戦し、失敗を乗り越えて、始めて戦略が生まれるのです。MBAで習ったから戦略が生まれるほど甘くないのです。グローバル社会は日本にもいやおうなしに押し寄せ、私達はグローバル社会の一員として生活しているのですが気がついていないだけです。では何故日本にグローバル戦略がないかというと、日本でのほほんと暮らしている経営者が、日本で成功している実態そのものにあります。本来破産しているはずの企業が、緊急対策という保護の中で、仮に延命できているだけなのです。このことの異常さを国内にいると全く気がついていないだけなのです。すべての経営者は社長になるために一度海外で仕事をさせることを条件付ける必要がありそうです。
A. 云われてみるともっともだな。先日の新聞に中国の公害を取り上げ『公害を垂れ流しにする経営者が収益を向上させたと評価される社会のあり方を変えないと中国の公害はなくならない』と書いてあった。日本でも同じで、「何もせず、失敗しない人物が出世するという習慣をなくさない」と戦略を考える人は出てこないといえるね。
C. Dさんの話は何時も感心させられます。基本的に同感です。役所や地方自治、電力のように地域独占でつぶれない組織があります。高度成長期には皆戦略論を口にし、張り切って活躍していましたが、グローバル社会が出現し、未経験の世界が目の前に現れると、戦略論を打ち出すことができないでいます。日本国内のオフィスにいますと新聞以外にグローバルとは何かを教えてくれるものがありません。しかし、その新聞がセンセーショナルなウソばかり書いていますから、何が本当か良く分からないのが実態です。サムスンが成功しているのは、社員を世界中に派遣し、異文化の人々のものの考え方を研究しているからです。
A. 国内にいたのではグローバルのことはわからないというのは当たっているかもしれないな。君達日本人がサービスといったら何を意味するかね。おまけすることを意味するね。「今日はサービスしときなよ」「分かりましたサービスしときます」となるね。欧米に行ったら誰もがサービスに対価を払うのが当然だと思っている。プロのサービスに人々は敬意を表して金を支払うんだな。日本にいては分からないことだ。サービスで金を取ることを考えないと、何時までたっても箱物志向から脱却できないな。成熟した社会では箱に価値があるのではなく、箱の中に持っているサービスに価値があると考えると新たな戦略論が出てくるかもしれない。発言のない人も意見を出してほしい。
B. 経営者に関するDさんの定義を面白く拝聴しました。日本人は人が知っていることを知らないと恥ずかしいと思う気持ちがありますよね。そこで考えたのですが、誰かが戦略というと、俺も知っているよと同意する。そこで皆が同じことを言い始めます。
新しい戦略を一人から聞いたときはまゆつばと思っても、3人から同じことを聞きますと人はその時「まゆつば」が「確信」に変わります。日本人は場の空気を大切にしますから全社同じ戦略を目指すことになります。皆と同じということが経営者を安堵させるのではないでしょうか。その時日本人の発想はサムスンに負けても仕方がないが、せめてA社には負けまいと、同じ戦略で日本企業同士が戦い、同士討ちで家電は疲弊して行ったのだと思います。
A. Bさんの意見も一理あるな。日本企業が同士討ちでサムスンの一人勝ちということですか。戦略の議論をするといろいろ出てくるね。他に別な意見はないかな。
E. 始めて参加させてもらいました。いろいろと面白い話を聞かせていただきました。私から見ますと、皆さんの意見は優等生の意見ではないかと思います。先ほど日本の優秀な経営者は成績優秀なエリートだと聞きました。皆さんに質問してもよろしいでしょうか。
A. 結構だよ。質問してください。
E. 皆さん、サムスンに勝つための戦略がおありですか。まず、最初にサムスンの戦略を知っていますか。
D. 今になってしまうと、日本の家電が束になっても勝てません。
E. 何故、勝てないのですか
D. 規模が圧倒的に大きく、体力で勝てません。それに彼らは韓国の独占的財閥です。独占利潤を獲得できます。また、ウォンが円より安いので彼らは有利です。
E. だったら、家電10社が共倒れする以前に、家電10社の同部門を合併し、1社にすれば助かるかもしれません。企業戦略以前に業界戦略が必要で、それ以前にグローバル戦略が必要だということになりませんか。それは日本人全体が「ものづくり技術」と言い、良いものをつくれば世界中に売れるという傲慢な態度があったと思います。サムスンは日本に劣っていることを認識していたので、日本企業が戦場としていない振興国に行かざるを得なかったのです。日本の製造業が米国製造業に勝ったのは、米国を真似し、技術的にはたゆまずに改善することで品質を向上させ、米国を凌駕しました。消費者の潜在ニーズの調査では、米国自動車企業が求めた大型化、豪華さでは勝ち目がないから、小型で、性能が良く、安く、燃費の低い自動車を集中してつくりました。幸いにもオイルショックを受けた米国の消費者が日本製品を買いました。乗ってみてびっくりしたのです。1年間乗り回して、故障がゼロです。日本企業の意図と、社会情勢の変化が日本製造業を世界一にしました。残念なことに日本人はそれが戦略だと分からなかったのです。それを教えてくれたのは米国のビジネススクールでした。米国を真似て、その改善と幸運で世界一になったために、次に打つ手は何か、経営者は考えたこともなかったのです。バブル崩壊後唯一頼れるのはMBAからの知識です。それは未来モノではなく、過去モノですから役に立たなかったのです。優等生経営者が採用したのは戦略ではなかったのです。米国しか見ていなかった日本の家電は新興国など視野に入れていなかった。しかし「グローバル社会」という画一した社会はないのです。グローバル社会を分類し、領域ごとの戦略を考える姿勢が必要でした。グローバルが持つ大きなチャンスとは何か理解できないまま、今日に至っているというのが現実ではないでしょうか。
A. なかなか鋭いご意見だな。日本は太平洋戦争ミッドウェイ海戦で米国に完敗した。日本の戦略は大学出の秀才参謀の立案で、敵をおびき寄せて一網打尽にする予定だった。予行演習でミドルの参謀から情報の傍受も視野に入れてリスクマネジメントとして予期しておく数案が提出された。それに対する上司の回答は日本の暗号が解読されるはずがない、今この時期に確率の少ない敵戦略への対抗案は検討しないと拒否されました。現実は情報が傍受されており、日本が一網打尽にされた事例がある。
E. 現在の優秀なエリートも同様で、自分の戦略に酔ってしまい、顧客のことなど考えたことがないのと違いますか。自分の出世と、安泰を考えていたに過ぎませんね。優秀なエリートはMBAで習った戦略に綺麗なオブラートをかぶせてエリートらしくプレゼンテーションすることが得意ですが、実行に移していませんよね。エリートは自分を素晴らしいと思っているから人の話を聞かない。サムスンに負けたのは日本経営者の傲慢さから来ています。ある学者が彼らを「勉強したバカ」だと言っていました。分からないときはゼロから出発して、競合者の戦略を調べ、早い段階で手を打たねばならない。
A. Eさんのご意見はずばりその通りかもしれない。では何をすべきですか。
E. 先ほど経営者には優秀なエリート経営者と有能な経営者がいるとDさんが言っていました。Dさんから説明がなかったが、自分で仕事を立ち上げて、こつこつと大きくしていった経営者です。自社を長期間維持するための理念と判断基準をもっていると推察します。80%は主力領域で経営の安定をはかり、10%の新製品、10%のエコシステム(他社との共同)製品で進歩という花を社内に植えつける戦略を実行していると思います。先進国相手であれば、売るのは箱ではなく、ハコが提供するサービスに価値をのせるやり方があります。日本人と日本文化をグローバルに発信し、売り込む手があります。日本人は世界中から好かれています。質と文化を買ってくれる世界中の顧客にリピーターになってもらう戦略があります。
商社は世界中の情報落差を利用して事業をプロデュースし、莫大な利益を得られるようになりました。最近出版された本に「ミッシングリンク」という本があります。ミスマッチを起こしているところに、経営戦略の芽があるよと書いてあります。なるほどと思うことが書かれています。その芽を探して育てることを考えたいです。
A. 今日は面白かった。次回も大勢の人に参加してもらい、活発な議論をしてくれてありがとう。

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