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“より偉大な善”と P2Mの“人間力”

PMAJ理事長 光藤 昭男 [プロフィール] :3月号

 困難な時代になるとリーダーシップへの期待が高まる。多くの関連本も出版される。赤表紙で分厚い本が本屋の目に付きやすい場所に平積みになっていた。「ケン・ブランチャード:リーダーシップ論-より高い成果をいかにしてあげるか-」(ダイヤモンド社)であった。ブランチャードは、「リーダーシップの定義を変更し、『より偉大な善のために人々の力と潜在能力を引き出すことにより、他の人々に影響を与える能力』とした」。この定義は、「より偉大な善」がなければ、平凡である。さらに「より偉大な善」は、個人的なものでなく「より高い目的」、「説得力あるビジョン」を持つべきであり、それは「金儲けのような内向きで自己中心的な目的ではない」、「外向きであり、犠牲を強いるものであり、基本的に高潔なものである」。

 ケン・ブランチャードは、スペンサー・ジョンソンとの共著「1分間マネジャー」で、1,300万部という歴史的なベストセラーを出版している。それは私が入社して10年目の頃であった。当時の上司が「ものすごく感激した。是非、読め」と半ば強制されてこの本を購入した。自宅のどこかにあるはずだ。読んだ記憶があるが、ほとんど印象に残っていない。1冊500円だとしても、膨大な著作料を稼ぎ出した、ある意味“偉大な本”である。その本と同じ著者が、「偉大な善」というのは、正直、違和感がありビックリした。「1分間マネジャー」は、部下に対して目標を明確化し、意識と目的を合わせ、行動した結果を賞賛するか叱責するフィードバックをし、部下が貴重な存在であると言葉で示す。このように振る舞うことで部下のモチベーションを上げ、効率よく仕事をしてもらい、成果を上げ利益を獲得する。そのような単なるハウツーを説く本の著者だと思っていた。

 米国では2002年に、エンロン、ワールドコムなどグローバル巨大新興企業が粉飾決算し、それが発覚して倒産した。同年、企業の内部統制を強化するSOX法が制定され、上場企業の説明責任の強化と経営者の倫理観の向上が謳われた。素早い法整備よって、企業のガバナンス強化と企業活動への信頼性回復を狙ったのである。しかし、その後の2008年秋にはリーマンショックが起き、マネーゲームが崩壊し、世界経済を再度揺すぶった。

 「リーダーシップ論」の「はじめに」によれば、初版は2006年秋に書き上げられ、2007年に出版されている。丁度サブプライムローンの問題がピークに達し、危うさが噂され始めていた頃の著作である。エンロン、ワールドコム事件は、創業者が率先して事業報告や決算を粉飾して株主を裏切っただけでなく、世界経済に大きなダメージを与えた。リーダー自身が倫理観に欠け、暴走する状況を目の当たりした結果、リーダーシップの行使には「より偉大な善」を目指すことが重要であるブランチャードは考えたと推測する。更にこの本では、リーダーシップの最も優れたスタイルは「サーバント・リーダーシップ」であると結論付けている。この言葉「サーバント・リーダーシップ」は、ロバート・グリーンリーフが1970年に考案していた。ブランチャードは、まず計画面では「リーダーシップ」を発揮し説得力あるビジョンを設定すること、さらに実施面では「サーバント」として部下が仕事に熱中するように仕向け、顧客の満足度を高めることに注力することで、組織の継続的成長が実現すると説いた。顧客や部下などの“他者に奉仕する”行為を推奨する、すなわち「サーバント・リーダーシップ」とは“心の問題”がその根幹にある。

 米国でトップコンサルタントの地位を維持してきた著者が、あらためて倫理観と奉仕に基づくリーダーシップ論を説くことは、米国社会の潮流と強く関連しているのであろう。一方、2001年日本発のP2Mは、事業経営、プログラム、プロジェクトのリーダーには「実践力」が必須であると記している。「実践力」は、「思考力=体系的知識」、「行動力=実践経験」、「人間力=姿勢・資質・倫理観」に根ざして形成される。三番目のキーワード「人間力」が、「リーダーシップ論」の肝の部分と重なる。多くの日本のリーダーは、より高い目的、説得力あるビジョン、ヒトへの十分な配慮などを説いている。当該の赤表紙の本は、P2Mの優れた点を改めて認識させてくれた。

以 上

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