関西P2M研究会コーナー
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徒然なるままに、グローバル化による人事制度の見直し

坂口 幸雄 [プロフィール] 
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1.日系中小製造業の人事制度はグローバル化への対応が遅れている。
今、日本は危機的な状況にある。その割に日本国民には危機感がないのではなかろうか? 私は日本の将来に対して若干“悲観的”である。現在の日本の状況は、①長期の景気低迷、②雇用環境の悪化、③電機業界等の日本企業の競争力低下、④東日本大震災と原子力発電所事故、⑤領土問題で冷え込む日中・日韓関係、⑥少子高齢化と維持困難な年金制度、⑦1000兆円に上る膨大な国の借金・・数え切れないほど解決が困難な問題が山積している。数年後にギリシャ危機の様に国家財政がデフォルトに陥ってもおかしくない厳しい状況である。そんな日本にグローバル経済・金融・政治の荒波が国境の壁を乗り越えて押し寄せてきている。リーマンショック以降は人材のグローバルな流動化も進んでいる。パナソニックは採用の8割、ファーストリテイリングは採用の半数が外国人である。多くの外国人が日系企業で働くようになってきている。また私も経験があるが、多くの日本人が外資系企業で働くようになってきている。そのために日本人が外国人と同じ職場で一緒に働く機会が急増している。そのため日本の伝統的な終身雇用・年功序列に基づく人事制度は見直しが迫られてきている。



日本企業はどのように対処すべきなのか? 「企業の経営戦略」と「人事制度」の関係の見直しが必要になってきている。 昔から武田信玄の「人は城、人は石垣、人は堀、情けは味方、仇は敵」の諺は有名であるが、業績の向上には何と言っても従業員の「モチベーションの高揚」が不可欠である。中国に進出する日系中小製造業が増えているが、グローバル時代にそぐわなくなった “日本独特の人事制度”の欠点を見直しをする必要がある。今までは人事制度は日本国内と海外と2本立てで別々に整備・運用されてきたが、今後企業の人事制度はグローバルに統合されるべきだと思う。ここでは“企業の内なるグローバル化”による「人事制度の見直し」について、独断と偏見を交えて述べることにする。

2.日本の人事制度の特徴(強みと弱み)
もともと日本は歴史的にも社会的にも周りの「世間」を気にする「高コンテキスト社会」である。自分が所属する「世間」から離脱すると仕事も人間関係も失うリスクが生じる。人は学校を卒業して新入社員として入社すると、定年で退職するまでその会社で勤め上げる人が多かった。そのため戦後の人事制度は“まず人を決めて”、その人に職務を割当てる“職能資格制度”が採用されてきた。この制度は “定年まで”従業員のスキル・能力は永続的に陳腐化しないで向上していくという「仮説」が成り立つことを前提にしている。しかし変化の激しいグローバルな時代に果たしてこの「仮説」は妥当なのだろうか?

若い時は丁稚奉公で修業して、40代過ぎてからやっと花が咲く“遅咲きの桜”となる。この人事制度は景気が長期的な“安定期”には強みとなるが、反対に、“不安定期”には弱点に急変する。1980年代のように右肩上がりの時代ならまだしもバブル崩壊以降は、高給となった従業員を雇えるポストが激減してしまった。この時代の変化への対応の遅れが“メタボ”な企業体質を招き、現在の日系企業の長期停滞の原因となっている。一方外資系企業は極論すれば毎日リストラしているため、“スリム”な企業体質となってくる。

終身雇用制や年功序列制を採用している日系企業は雇用を守ろうとするために、大胆な組織改革がむつかしい、職務が曖昧なままホワイトカラーの人員数がいつの間にか増加してくる。日本企業のホワイトカラーの生産性は先進国の中で最下位と言われている。「役職名」は過去の功績に対する「勲章」ではない、世間に体裁よく見せるための「飾り」でもない。「役職名」は「役割・権限・責任」を表すべきである。 総人件費が抑制される中で、企業にとって本当に必要な人材を採用する余裕がなくなっている。職務が曖昧な“烏合の衆”よりも、職務が明確な“少数精鋭”の方がより企業の競争力を強くする。



3.欧米の人事制度の特徴
 欧米では経営戦略に基づき、必要となる“組織と職務”をトップダウンで決めて、その職務の役割・権限・責任を明確に定義する。次にその職務遂行に必要なスキルや能力を持った人材を採用する、“職務給制度” である。海外のERPパッケージを導入する場合の最初のステップは各プロセスや職務の役割を定義することが最初の仕事となる。人事制度の面では“雇用の流動性と実力主義”に基づいた“低コンテキスト”の企業風土が前提となっている。

4.“中国”では “どのような人事制度が求められるのか?”
それでは中国は、日本と同じ「高コンテキスト文化」なのか、欧米と同じ「低コンテキスト文化」なのだろうか?この答えは難しい。私の独断と偏見による判断では、マクロな視点では「低コンテキスト文化」だと思う。中国社会は漢民族による単一民族で構成されているのではない。五族共和(漢族、満州族、蒙古族、回族、チベット族)の多民族から構成され、それぞれの民族は個性が強くかつそれぞれ異なる宗教・言語・ナショナリズムを持っている。

4.1 中国人は米国から企業経営(マネジメント)を学ぼうとしている
日本人と同じように、中国人は欧米に潜在的に強い憧れをもっている。多くの中国人が欧米に留学している。海外留学から中国へ帰国してきた人を中国語で「海帰」と呼ぶ。「海亀」と「海帰」のピンイン発音(hǎiguī)が同じなので、海外留学の帰国者は「海亀」と言われ一時期もてはやされていた。
中国人は「ものつくり」は日本の製造業を手本にしても、企業経営はグローバルスタンダードの本家である米国を手本としている。政治は共産主義の国だが、経済は市場主義経済を採用しており、矛盾する国の体制である。GEなどドライな業績主義の人事制度を採用している企業も多い。業績の悪い従業員は毎年淘汰され退職していく。こうした厳しい社内競争システムの中で、会社幹部から一般社員まで皆緊張感を持って懸命に働くことになる。中国の経営者の考え方は日本以上に業績重視で資本主義的である。

4.2 日本人と中国人は人事制度に対する価値観が異なる
独立志向の強い中国人は小さくても独立して「一国一城の主」の方が評価が高い。日系製造業の終身雇用や年功序列の人事制度にはなじまない。人事評価についても、日本人は“終身雇用による守り中心の減点主義”だが、中国人は“独立志向の攻撃中心の加点主義”である。日本人は消極的に“人事評価が下がる”のを気にするが、中国人は積極的に“短期に業績を挙げて、高い評価や待遇”されることを期待する。日本人と中国人は人事制度に対する価値観は異なる。

5.最後に
 「新版P2M標準ガイドブック」は「人つくり」に関連して、新しい仕組みつくりによる価値創造を解説している。20世紀後半の日本では「ものつくり」はきわめて有効に機能したが、アジア新興諸国が台頭して、更なる新しい「グローバルな組織つくり」が必要とされている。
「ものつくり」には「仕組みつくり」が必要で (生産空洞化への対応)
「仕組みつくり」には「人つくり」が必要で  (戦略課題の使命達成)
「人つくり」には「組織つくり」が必要となる (直接金融時代の背景)

①    「仕組みつくり」について
日系中小製造業の“ものつくり”を支えているのは「日本人の職人根性による愚直さ」や「ボトムアップでのチームワーク」である。製造現場での全員の営利的でない自発的な行動が企業活動の創造性を高めてきた。日本人は個人の権限・責任が曖昧でも、企業の共通の目的に一致団結して取り組んで大きな成果を生みだすことが出来る。これは日本人の独特のDNAであり、この特徴を生かした「仕組みつくり」が必要である。
②    「人つくり」について
現在のようなグローバル化の時代には、多国籍の人材の能力の活用も重要である。最近の雇用形態はプロジェクト的になり、「何でも屋さん」(ジェネラリスト)」から職務毎の「プロフェッショナル(スペシャリスト)」へとシフトしている。時代が求めるプロフェッショナルを育成する「人つくり」が必要となる。
③    「組織つくり」について
日本の長所と欧米の長所の融合が必要となる。具体的には “日本人の職人根性による愚直さ”と“日本的なチームワーク”と“欧米的なプロフェッショナル”を融合した人事制度が求められている。優秀な外国人を企業内に受け入れるには、従来の日本的な「高コンテキスト社会」からオープンな「低コンテキスト社会」へのシフトも必要になるだろう。日本人なら「阿吽の呼吸」で通用するが、外国人には「言葉や文章による明確な表現」が必要となる。
この様な時代の変化に対して、日本人は明治時代から「和魂洋才」の精神で困難を克服してきた経験がある。これまで日本人は、外国の思想や文化を吸収する場合、そのまま受入れるのではなく日本のやり方に適合するように様々な工夫を加えながら積極的に取り入れてきた。中小製造業もこのようなフレキシブルで機動的な「組織つくり」をやっていけばおのずと道は開けてくるのではと思われる。そうは言ってもやはり「日系中小製造業の人事制度の見直し」はむつかしい!
以上

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