関西P2M研究会コーナー
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徒然なるままに、中国ビジネスにおける“駐在員のストレスマネジメント”

坂口 幸雄 [プロフィール] 
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1.はじめに
私は関西P2M研究部会の「グローバル事業展開の勘所の研究」に参加している。テーマとして「日系企業の中国ビジネス」について議論・検討している。しかし現在は日本政府の「尖閣諸島国有化」により日中関係は大変むつかしい状況となっており、ここ当分は日中両政府の対立が解消される気配はない。 しかし何と言っても日本経済にとって、中国は現在では米国を追い抜いて“最大の貿易相手国”かつ“最大の市場”である。日本の景気回復のためにも早期の解決が望まれている。リーマンショック以降、日本の景気後退は依然として深刻な状態であり、更に人口減少により日本市場の縮小傾向も明確となっている。特にパナソニックやシャープなど関西系大手電機業界の業績不振やリストラが地元の景気後退に拍車をかけている。
このような経営環境の中で、日系中小製造業は「生き残り」をかけて、生産拠点としてだけでなく販売拠点としても中国に進出してきている。そのため数多くの日本人ビジネスパーソンが中国に駐在している。急成長を続ける中国市場を過大に期待して駐在員を送り出す“日本本社の想い(あるべき姿)”と、商習慣や価値観が日本とは異なる“中国現地法人の現状(ありのままの姿)”との間には、予想以上の大きな「ギャップや矛盾」がある。そのため駐在員は日本本社と現地法人の“板ばさみ”となり大きなストレスが溜まることとなる。こうした中、企業戦士である日本人駐在員のメンタルヘルスが大きな問題になっている。私はITベンダで、海外に進出する日系製造業の情報システム構築支援を長年担当するともに、海外職業訓練協会で海外に赴任される方へのキャリアコンサルティングに携わってきた。海外の駐在員の中でも「中国の駐在員の自殺数」が一番多いと言われている。ここでは中国の駐在員はどのようなストレスマネジメントの問題を抱えているか私の独断と偏見を交えて考えてみる。

2.駐在員の責任者としての実務経験不足
日系中小製造業において、「ものつくり」の経験はあっても「中国ビジネスでの幅広い業務」の実務経験を持つ人材は少ない。日本人駐在員は、日本国内にいた時は組織の中の一部門の歯車であり、経営者としての苦労を体験していない事が多い。ところが日系中小製造業においては現地法人の責任者として赴任するため、日本人駐在員はいきなり重大な意思決定をする立場になる。日本で経営全体のマネジメントの十分な経験がないのに、いきなり現地法人で経営者になっても失敗することは目に見えている。やはり “豊富な幅広い業務の実務経験”が大切である。

3.現地法人と日本本社とのコミュニケーション・ギャップ
駐在員が中国の現地法人に赴任すると商習慣や文化や価値観が日本とは異なることに気付く。日本本社の常識では理解できない“不合理な出来事”が頻発するため仕事が思うように捗らない。日本本社からは「売上や利益の計画目標を達成しろ!」と厳しく責め立てられる。このような日本本社からの厳しい叱咤激励に「そんなに言うんなら、あんたがこちらに来てやってみろ!」と内心反発しながらも、真面目で大人しい頑張り屋さんの駐在員は我慢する。このような場合、駐在員と日本本社の窓口と本音で愚痴が言える「人間関係」が構築できていればよいが、現地法人のビジネスに無理解の人が日本本社の窓口になると、ストレスが溜ることになる。このような場合は経営方針に基づいて「責任と権限」を明確にして、現地法人に大幅に権限移譲することが重要である。意外な事に、日本では体力や気力ともに優れているとされている体育会系の人材が、「自分の能力以上」に真面目に頑張りすぎて重症のうつ病になるケースが多い。一度重症のうつ病になってしまうと回復が難しい。

4.現地法人の中国人スタッフとのコミュニケーション・ギャップ・・本音が把握できない
現地法人では組織の“権限や責任”や“意思決定プロセス”の整備や運用が曖昧になることが多い。現地法人の経営計画を「プログラム統合マネジメント」として「人材のメンタルヘルス」も考慮して整備しておくことが肝心である。最近はコンプライアンスやセキュリティ等の内部統制の仕組みも当初から考慮しておく必要がある。日本人駐在員と現地法人の中国人スタッフの間の役割分担が曖昧だと責任の重複や空白が生じてしまう。中国人は“権限や責任”が明確でないと日本人のように臨機応変に気をきかせて行動することができない。

5.中国のビジネス慣習・・・「賄賂と売掛金の債権回収」
日本人ビジネスパーソンには良く分からない問題として「賄賂と売掛金の債権回収」がある。この問題は人脈・コネ社会の中国では日本人だけで対策を考えても無理がある。対応には現地の事情に精通した信頼できる“業界の人材の支援”が必要となる。
「賄賂(キックバック)」については、多くの中国人が取引先からキックバックをもらう慣習は一般化している。これには中国には長い商慣行の歴史があるので簡単には改善されない。政治の世界でも、新しく総書記に就任した習近平はその就任演説のなかで「賄賂や汚職の一掃」を強調した。総書記の不退転の決意の程が伺われるが、果たしてどこまで成果があがるのかはなはだ疑わしい。
「債権回収」については、日本では2回目の手形不渡りを出すと自動的に倒産となるが、しかし人治国家で、法治国家ではない中国では必ずしもそうならない。売掛金(Account receivable)の概念が日本とすこし異なるように思える。可能であれば「前金払いの原則」のビジネスモデルが望ましい。日系中小製造業の悩みとしては「賄賂と売掛金の債権回収」が大きく、日本人駐在員の自殺の主要な原因になっている。

6.駐在員の心理の推移
駐在員の心理は一定ではなく、次の4段階を推移しながら、ストレスを経験していくと言われている。4段階の推移は何故か新婚生活での心理に類似している。
ハネムーン段階・・・当初の数カ月
    殆どの駐在員は当初は張切って赴任する。当初は高揚感による軽度の「そう状態」になる。この時の精神状態は2面性がある。それは「緊張状態」と「興奮状態」である。客観的に考えると「興奮状態」は「緊張状態」の裏返しでもある。
倦怠期段階・・・当初の数カ月~半年程度
    赴任して数カ月過ぎてだんだん落ち着いてくると、仕事や家庭でいろんな問題や課題が見えてくる。些細なことでも解決できない事が増えてくる。そして駐在している国が次第に嫌いになってくる。中国語が分かり始めると、自分や日本への陰口や悪口が少し理解できるようになる。精神的には「そう状態」から「うつ状態」に移行する。思考や動作が鈍くなり、ものごとに集中できなくなる。ホルモンバランスや自律神経も乱れてくる。重症化すると自尊心の低下や優柔不断になり、いつの間にか死や自殺を考えるようになる。駐在員が現地法人のビジネスに適応できるかどうかは、この倦怠期段階を無事に乗り越えられるかで決まる。
緩やかな安定化段階・・・半年経過以降
    倦怠期段階は徐々にではあるが、好転の兆しが見えてくる。現地での仕事のやり方に次第に慣れてくる。日常生活についても現地の日常会話や習慣にも馴染み慣れてくる。情緒の方も徐々に安定し、地に足の着いた生活が送れるようになる。しかし慣れてきたとしても、変化が激しく反日感情も強い中国で暮らしていくことは、無意識に緊張や不安を感じているので、潜在的なストレスは残る。
逆不適応段階 ・・・日本に帰国してから
    日本企業には通常数年で人事異動がある。外国での仕事と生活に慣れた駐在員が、人事異動で日本に帰国すると、“日本での自分の職務上の待遇、職場での人間関係、日常生活、帰国子女である子供の学校生活・・”など不満や不安でフラストレーションが溜まる。日本での職務上の待遇が悪いと海外での業務経験や人脈を生かして転職したくなる。自分だけでなく妻や子供等の家族の問題も、日本に帰国してからのストレスマネジメントの対象となる。

7.最後に
以上の様なストレスが蓄積される環境の中で、駐在員には“臨機応変で即断即決”の「実践力」が求められる。「新版P2M標準ガイドブック」では、「実践力(capability)」とは、実務に必要な「体系的知識」、「実践経験」、「姿勢・資質・倫理観」に裏付けられ一体化された総合能力を意味する。つまり実践力の育成は、この3つの実践要素を一体化し、プロジェクトチームでの実証力を培うという意味が込められていると解説している。顧客や市場は現地法人の意思決定の遅れを一刻も待ってくれない。ベテラン駐在経験者による過去の経験に基づく教訓やアドバイスは陳腐化して参考にならない、場合によってはそれが間違った判断になることさえある。特に企業活動の土台となっているIT分野については技術革新が早いし、その上幅広い知識と経験が必要である。駐在員が、現地法人での様々な「ストレス」を克服しながら、柔軟で適切な意思決定や行動ができるかは、事前にどれだけ現実を見据えた「プログラム統合マネジメント」のスキームを練り上げたかに依存する。その場合「ストレスマネジメント」についても企業として組織的なリスク対応策も準備しておくべきである。
以上

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