「プロジェクトマネジメントと経理」
イデオ・アクト株式会社 代表取締役 葉山 博昭: 1月号
筆者はプロジェクトマネジメント関係のコンサルタントとして独立するまで中堅のソフトウェア開発会社でPMOを担当していた。その当時経理システムをパッケージソフトSAPで更改することとなった。有名なSAPでも部門会計とプロジェクト会計の双方を取り扱うことは出来なく、部門会計のみであって、プロジェクト単位で予算・実績を管理するということは標準の機能では出来なかった。プロジェクト単位で予算・実績を管理できるようにし、プロジェクト単位で予算をシミュレーション出来るようにするには、かなりのカスタマイズを必要とし、簡単なものではなかった。建設関係、商社関係ではプロジェクト単位で予算、実績を行うことが従来から当然のように行われてきたが、一般的な事業会社ではプロジェクト単位で予定・実績を把握することは極めて稀であるため、経理(会計)パッケージソフトは部門経理を基本としている。
このプロジェクト毎に予実績を把握出来ないということは、PMBOKをベースにプロジェクトマネジメントを行おうとすると困ったことを出現させてしまうことになる。
PMBOKではアーンドバリュー(EVM)をコスト管理で推奨している、パフォーマンスはCA(コントロールアカオウント)単位で評価を行うとしている。PMBOKでのアーンドバリューは金額をベースとしているため、プロジェクト単位でのコストの実績を経理システムから入手出来ないとEVMが根本から成り立なくなってしまう。米国国防総省のEVMに関する基準では、少なくとも月一回、経理システムから得たコストの実績データを使い、当該会計システムとの整合性を取れる形で、コントロールアカウントレベルでコスト差異、スケジュール差異を分析することが推奨されている。
PMAJのPMBOK試験対応講座の講師を行っている際に、受講者に自社の経理システムはプロジェクト会計か部門会計かという質問を何度かしたが、PMPの資格を取ろうとする企業に勤務しているだけに、概ね三分の二がプロジェクト会計で、三分の一が部門会計であった。たまにどちらか不明という方もいたが。プロジェクト会計を行っていない企業では、EVM以前にプロジェクトマネジメントを導入することはかなり難しい。なぜならば、そのような企業ではプロジェクト単位で何かを管理するということが稀薄であると思われ、プロジェクト単位で業績を評価するということも、プロジェクト毎の人員調達も、PBMOKで書かれているプロジェクトマネジメント・マターのどのような作業を行うことも難しいと思われる。プロジェクト制を導入していない企業でのプロジェクトマネジメントの実施では、まずは会社経営におけるプロジェクトとは何かを整理しないと、プロジェクトマネジメントに何を求めるか、あやふやになってしまうだろう。
さて話をEVMに戻すと、PMBOKのなかでもコントロールアカウントについてはワークパッケージの上位でパフォーマンス測定の単位という程度にしか説明されていない。またPMBOKを教える講師レベルの人からも深い説明はなく、コントロールアカウントとは実務上どのような物なのか理解できるような説明に出会ったことがない。特に経理システムとの関係、コスト実績値との関係はよくわからない。
システム開発業界ではコストに占める人件費は極めて大きく、人件費の単価を、メーカーのような工場一律の標準単価を採用したのでは誤差が激しく使いものにならないので、個人別、残業時間までを把握しないと正確な人件費に関するコストの実績値が算出出来ない。そのためシステム開発業界ではプロジェクト単位に作業時間を日別に経理システムに入力しコストを算出しているのが普通である。コストの実績値をプロジェクト単位に取りまとめ、プロジェクトにフィードバックし、プロジェクトのベースラインと比較することで、パフォーマンス評価が行うことができる。パフォーマンス評価する単位はワークパッケージ単位では細かすぎ、プロジェクト全体では何年もかかる大規模なプロジェクトの場合は予実の差が大きく発生した場合対処が遅れることが予想される。EVMの専門書ではコントロールアカウントの設定がEVMの肝であるとしているものもある。コントロールアカウントはEVMの専門書ではコントロールアカウントプラン(CAP)とも呼ばれコストコントロールする上で重要なワークパッケージの集合と言われている。
コントロールアカウント単位のパフォーマンス評価はどうなったのだろうか、いままでコントロールアカウント単位でコストの実績値を把握できた企業に出会ったことはなかった。かなり高度な管理を行う企業では、作業時間の入力にプロジェクトコードに加え工程を入力している企業があったが、工程の入力は現場での開発工程が錯綜することを踏まえて入力が可能になっている企業を見たことはなく。又工程をコントロールアカウントと見なすことが出来た事例も見たことはない。半期決算を行っている場合はプロジェクトを半年で区切った単位をコントロールアカウントにすることは易しく、筆者がPMOをしていた企業でもコントロールアカウントはプロジェクトを半年で区切った単位とした。月次決算を行える場合、コントロールアカウントはプロジェクトを月単位で分割したものとすることが可能の様に思われるが、マイルストーン、工程は一ヶ月より長いのが通常で、それ以上短い単位でパフォーマンス評価を行えてもあまり意味がない。EVMの導入であるとか、EVMを意識するかは別としても、プロジェクト単位で予算、実績を比較するということはPMBOKが出来る前から行ってきたことであり、その予実績の比較の積み重ねが見積もりの精度を向上させてきた。EVMを使用して予定、実績の差異を分析することは、見積もり技術の向上にもつながり、非常に有効なことと思われるが、現在のPMBOKでのEVMの扱い方法は中途半端であり、実務で使いこなすのにはEVMの専門書を読む必要がある。しかしEVMの導入は、導入する企業の経理システム、原価管理、管理会計に詳しくなる機会を得ることが出来る良いチャンスになる。一般論ではあるが、システム開発を行うエンジニアは経理を苦手とすることが多く、EVM導入を機会に経理を理解することはエンジニアとして経理に親しむ良い機会となるだろう。
日本では官公庁のシステム開発ではEVMを進捗管理で採用し、報告を求めるようになっているが、金額ベースではなく工数をベースとしているため進捗管理では有効だが、コスト管理では厳密さを欠くことになってしまっているため、進捗管理だけのツールになっている。日本の民間企業ではほとんどEVMは採用されていないが、筆者は原価情報の流出という問題があるため、顧客への報告ではEVMを採用したことはないが、内部管理上は一部のプロジェクトで採用し有効な面が多かった。しかし一般的に顧客報告に使用せず、内部管理で使用するにはコスト実績の把握のために膨大なデータを入力する必要があるため、管理工数が膨大となり、非効率であるため民間企業同士では採用されていないのが現実である。米国でもEVMは公的機関における請負契約以外のコストフィーのような契約で採用されており、民間での採用は少ないのが現状である。
民間の実務での採用例は少なくとも、PMBOKでEVMを説明する場合は、実務に沿って、経理との関わりを加えた、わかり易い説明を行う必要があるのではと最近思っている。
以上
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