PMBOK研修部会
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プロジェクトマネジメントの新たなパラダイムを求めて

笠原 直樹 [プロフィール] :12月号

 読者には釈迦に説法であろうが、しばしお付き合い願いたい。EVM活用のポイントは、コストとスケジュールを統合するマネジメントと、将来の予測が可能であることの2つの点にあると言われている。EVMの詳細はPMBOK®ガイドやその他詳細な文献に譲るが、その原型は1967年に米国国防総省が発表したC/SCSCの中に見られる。EVMの利用、普及展開には、紆余曲折があったようだが、上記の2つの利点に異議は無いと思われる。

 今日スケジュール・ネットワーク分析の技法として広く知られているPERTも、その起源は古く、1958年に米海軍のプロジェクトにて実用化されたとされている。既に我が国においても1966年~1967年には、理論から実践に至るまで、またさまざまな産業での応用例まで広く紹介された書籍があることから、プロジェクトマネジメントに携わる先人たちによって研究され、熱く受け入れられたことであろうと想像される。今日では、パソコン上で簡単に動作することが可能な統合管理アプリケーションソフトウェアが普及していることからみても、当たり前のように活用されていることは皆様もご存じのとおりである。PERT自身もPERT/TIMEとPERT/COSTの2つに分化し、後者は前述のC/SCSCの研究開発に大いなる影響を与えたとされている。

 コスト、そしてスケジュールのマネジメントには、見積りというプロセスが前提となる。見積りにはスコープの明確化が必要になる。これらのベースラインをそれぞれ策定し、プロジェクト実行とともにその乖離を監視していく。乖離が許容限度を超えた場合にその根本原因を究明し、その問題解決を図るとともに、今後の予測によっては、しかるべき承認手続きを経て再ベースライン化をはかる、というのが大きな流れである。スコープ、コスト、スケジュールには密接な関係があり、先に述べたようなEVMの統合的マネジメント手法の側面を示している。

 さらに、見積りには避けられない点がある。それは、予測における不確実性である。現代のプロジェクトマネジメントにおいては、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」といったあてずっぽうの予測はさすがに無いだろうが、さまざまな見積り手法を用いて精度を高めた予測に基づいた見積りが行なわれる。しかしながら、どんなに努力を尽くしても、あらゆる将来の予測には不確実性を含んでいるし、避けられない。したがってリスクマネジメントの要素が含まれてくる。事実、コストの積み上げによる予算化には、コンティンジェンシー予備やマネジメント予備を含めていくことになるし、コンティンジェンシー予備の設定についても、シミュレーションなどにより確率的モデルに基づいた手法が用いられることが一般的であり、具体的な手法としてモンテカルロ法が有名である。スケジュールについても同様であるし、先に紹介した書籍にも確率分布に基づいたスケジュール予測に関する解説がある。シミュレーションの根底には、確率分布に基づく疑似乱数を用いて、シミュレーション回数を多く実施することにより、より良い近似結果を得て、精度の高い予測を行なう、あるいは確率的な予測を行なうことである。現代では安価な電子計算機としてパソコンがあり、十分に高品質の疑似乱数を高速に発生させることが可能なアルゴリズムも公表されている。すなわち、現代において、もはや予測は専門家の独占的な手法ではない。

 このように考えていくと、スコープ、コスト、スケジュール、リスクの各マネジメント領域は不可分であることがご理解いただけると思う。プロジェクトマネジメントの本質とは何か、という問いかけに、スコープの確定とコントロールである、と答えられる方もいらっしゃるだろうし、コスト・スケジュールの統合、すなわちプログレスの測定・把握・予測という見方もあるだろうし、著名なITコンサルタントであるTom DeMarcoとTimothy Listerは、「リスク管理はおとなのプロジェクト管理だ」(原文: "Risk Management Is Project Management for Adults")とも言っている。これらはすべて真であろう。極言すれば、いわゆるハード・スキルと呼ばれるものはすべて統合され、密接に関連しあっている、とも考えられる。

 これらいわゆるハード・スキルの融合からは、新たなプロジェクトマネジメント・メソドロジの萌芽を期待させる一面もある。しかしながら、前述のとおりEVMやPERTの研究から既に半世紀以上も経過していることや、既存のprocess-centric、phase control-centric、competency-centricのフレームワークに立脚している限り、プロジェクトマネジメントのパラダイム・シフトは難しいかもしれない。誤解の無いようにお断りしておくが、既存手法を否定するものではないし、プロジェクトマネジメントとは実践である。しかしながら、絶えずプロジェクトマネジメントへの研究に取り組むことも、我々の責務ではないだろうか。

参考文献:
刀根 薫 監修,「PERT講座」Ⅰ~Ⅳ,東洋経済新報社
クウォンティン・フレミング,ジョエル・コッペルマン著,「アーンド・バリューによるプロジェクトマネジメント 第2版」,日本能率協会マネジメントセンター
東洋エンジニアリング 編,三浦 進,芥川 光三,明石 高典,井上 明彦 共著,「プロジェクトマネジメント 成功するための仕事術」,日本能率協会マネジメントセンター
トム・デマルコ,ティモシー・リスター著,「熊とワルツを - リスクを愉しむプロジェクト管理」,日経BP社
トーマス・クーン著,「科学革命の構造」,みすず書房

※ PMP、PMI、PMBOK、PMBOKガイドは米国Project Management Institute, Inc.の登録商標である。PMAJ、P2Mは日本プロジェクトマネジメント協会の登録商標である。

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