カタール国GTLプラント竣工とP2M
カタールにてGTL(Gas To Liquids)プラントが完工した。GTLとは天然ガスからナフサなどの石油系製品を製造する技術で、当該プラントは日産14万バーレル生産する。顧客はカタールシェルGTL社、総投資額1兆5000億円と云われている巨大生産設備群である。エンジニアリング協会の平成24年度エンジニアリグ功労賞を受賞し、同協会のシンポジウムで主契約者の日揮が概要を発表した。その資料を入手、拝見して大変驚いた次第である。
ペルシャ湾のカタールとイランとの中間の地下に、オランダのシェル社により開発され、世界の天然ガスの15%弱を占める埋蔵量世界一のNorth Fieldがある。天然ガスの生産国で消費する市場が近隣にない場合、通常液化しLNGとして輸出する。液化し、特注の冷凍タンカーで運搬し、消費地でガス化するという、エネルギー消費の多いビジネスモデルである。最終的にそのコストは消費者に転嫁される。今回の場合の様に井戸元近くでGTL製品を製造すると、製品は通常の常温タンカーにて輸送でき、その製品を原料として利用するプラントも既存の施設を利用できる。また、長期契約の多い固定的なガス市場に加え、スポットも多くある液化製品市場にて取引できれば、売り手の選択肢が増えることでビジネス展開が有利となる。2001年に概念設計を始めて、リーマンショックを経て建設を継続し完工させたシェルの戦略は、これから成果の是非が試される。福島第一原発の事故による脱原子力の世界的な動向は、ガス需要を押し上げ、石油市場にも好影響を与え、完工後の出だしは良好である。
天然ガスはガス田上のプラットフォームから海底パイプラインにてカタール最大のRas Laffan工業都市のGTLプラントに送られ、洗浄され、不純物を分離した後、製品化される。どの施設も1000億円台規模の大プラントの集合体である。工事ピーク時には、52,000人の作業員を動員し、5年半をかけ死亡事故最小にて完工した。規模といい建設期間といい、空前絶後の壮絶なプラント群建設と云える。日本の専業エンジニアリング会社のEPC力をあらためて世界に示した。この1兆円規模のプラント群建設を一括請負で契約し、EPCを実施し、完工・試運転させることが出来るのは、現在は世界広しといえども日本の企業だけだと思う。
EPCだが、GTLプロジェクトで、そのEngineering(設計)は、日本、英国、フランス、ドイツ、オーストリア、韓国、UAEの10事務所にて2,000人以上のエンジニアが参画、Procurement(調達)は世界中から買い集め、Construction(建設)では5万人以上の作業員を他国から動員し印度人1.8万人(35%、ヒンドゥー教)、フィリピン人1.2万人(23%、キリスト教)、ネパール人1万人(20%、ヒンドゥー教)、パキスタン・バングラディッシュ人3,500人、イスラム教)の構成である。通常、プラント建設地には“キャンプ”という名称の生活の場を造成するが、今回は5万人であるため“村”と名付けた。ちなみに、日本では人口5万人を超えると“町村”から“市”へ昇格となる。
この“村”は、娯楽施設、芝グランド・スポーツ施設、映画館、雑貨アウトレット、小病院、祈祷所などを備えた立派な村である。水は、一日1万キロリットルを消費し、200リットル入りのドラム缶で5万本、横に並べると45kmで、国道一号線上では日本橋から戸塚駅までの距離となる。民族・宗派による豚・牛などの制限を考慮した上で、夏の平均最高温度40度を超える暑い砂漠地区での食糧調達や保存等は想像に難くない。また、その“村”秩序をつくり維持することは、日本の市町村との比較することすら出来ない。なお、カタール国は、秋田県(人口100万人)とほぼ同じ面積であり、カタール人は25万人、カタール国籍人は170万人いて、工業化と共に急増している。
EPCのすべてに渡り、PMC(Project Management Contractor)としてこの巨大“プログラム”をマネジメントした主体は、日揮と米国KBRのJV(ジョイントベンチャー)の800名である。概念設計と基本設計は、日揮が単独で実施したが、EPCの実施では多面的な配慮から米国KBRとJVを組んだ。さらに、15プロジェクトを組立て、主に一括契約により個々のプロジェクトを発注し、統制し、完工させた。重要プラント建設は、千代田化工建設と東洋エンジニアリングに発注され、専業エンジニアリング会社3社の揃い踏みとなった。世界で最も厳しい規律と品質を求めるシェル社の要求に対して、過去の信頼の上にこの実績を積み重ねて応え、更に大きな信頼関係を築き上げたことは、一企業だけでなく日本国民として自慢して良い快挙だと思う。
特筆すべきことがある。この建設時には中東が建設ブームであり、作業員は逼迫していた。技術レベルが充分でない作業員もいた、安全に対して鈍感な作業員もいた、気の短い作業員もいたはずである。この状況の中で、作業員のスキル向上と安全教育を徹底することで、作業員はスキルが上がれば次の雇用で給与が上がり、結果としてモチベーションが上がる。施工主としてはスキルの高い作業員に任せる方がよい。この様なWin-Winの関係を築き、モチベーションを高め、結果として死亡事故最小を達成したことは、本当にトップから指導に当たった人まで、働くのはヒトであるという信念だったのではないかと推測する。
新版P2M標準ガイドブックの第一部第7章の「P2Mにおける実践力」を、GTLプロジェクトの実施と重ね合わせて見てみた。「実践力は、『体系的知識』、『実践経験』、『姿勢・資質・倫理観』に裏付けられた一体化された総合能力を意味する」。「P2Mが意図する実践力は、『チームの潜在力』を引き出す能力を強く意識しており、『チームメンバーの充足感』、『チームメンバー全体の向上心』、および『組織力』の強化を狙っている」。米国発のプロジェクトマネジメント知識体系とMBA的マネジメント論に、プラントエンジニアリング業界のEPC力、擦り合わせに代表されるものつくり力、三現主義に代表される日本型マネジメント力を融合させ、P2Mが2001年に誕生した経緯がある。
異文化コミュニケーション論で、日本人は相手に自分の良いポイントを上手に知らしめることが得意ではないと指摘されて久しい。GTLプロジェクトは、エネルギー提供の選択肢の多様化による価値創造を、カタール国やシェル社には直接的な、世界のエネルギー関係者には間接的なインパクトを与えた「プログラムマネジメント」の典型的実例と思う。今回のGTLの完工は、日本のEPC力が更に強化されたという証拠ではないかと思う。実に爽快なプロジェクトの竣工の知らせであった。
以上
|