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有事のモチベーション

ITベンチマーキングSIG PSと人材活用WG 松尾谷 徹: 9月号

1.PSと人材WG紹介

ITベンチマーキングSIGの「PSと人材活用WG」は,2002年から始まったPS研究会とのジョイントWGとして活動を続けております.PSとは,Partner Satisfaction(パートナー満足)のことで,プロジェクトで働く人々の仕事満足のことです(文献1).PSは一般的な企業における従業員満足(ES:Employee Satisfaction)に相当します(文献2).何故,プロジェクトで働く人々の仕事満足を研究するのか? PS研究の大きな目的は,プロジェクトで働くエンジニアやマネジャなど専門性の高い人々(Professional人材)のJoy of Workを達成することです.

プロジェクトマネジメント(PM)の視点からPS研究を考えると,プロジェクトにおいてProfessional人材を活用すると言う実利的な側面が強くなり,PS研究そのものの目的と比べると,少々「よこしま」な目的ですが,良いPMは結果としてProfessional人材の成果を引き出し,その成長にも寄与すると考えています(文献3)

PS研究会の設立時の研究テーマは,プロジェクトにおける人々のJoy of Workを定量的に計測する尺度,つまりPS:Partner Satisfactionの計測方法を確立し尺度とする研究が中心となりました.この研究は,心理尺度の手法を使って考えらる様々な因子をプロジェクトで計測し,満足度を構成する7つのモチベーションドライバーの特定を行うことが出来ました(文献4).PS計測の結果,同じ企業内でもプロジェクトによる格差が非常に大きいことが明らかになり,その次の研究は,改善のためのプログラムを開発することでした.人間関係論より,チームに着目しチームビルディング研修の開発とその展開を続けて来ました.

2002年からの10年間を振り返ると,プロジェクトにおける人的資源の扱いも随分変わり,「情工哀史」のようなひどい状況は激減し,ITプロジェクトもある程度,普通の職場になったように感じます.その背景は,景気の影響で仕事が減少し,ITプロジェクトが人件費の安い海外へシフトするなどの変化が影響しているのかもしれませんが,新たな局面を迎えたと感じております.

2.PS研究,次のテーマ

次の研究テーマとして検討しているのは,プロジェクトにおける平時と有事です.ここで用いる有事とは,国家的な有事である自衛隊の防衛出動とか,原発事故のようなものではなく,プロジェクトにおける「通常の意思決定と行動では対処できない事態」を意味します.平時は,有事の逆(補集合)であり「有事では無い通常の事態」です.

有事を別の言葉で表現すると,「変化」「改革」など「変わる」ことです.ゆっくりとした変化ではなく,それまでの延長ではない変化が比較的短時間で生ずる事態です.使い慣れた言葉よりインパクトがあるので,有事を使っています.

PMにおいて,計画通りにプロジェクトを進めることが困難な状況=「プロジェクトの有事」は,大きなリスクです.よってPMとしては避けることに価値があります.計画段階で想定されるリスクを低減するため,スコープの合意が重要であり,その成果はリスクをヘッジした契約です.しかし,現実として,有事は多くのプロジェクトで少なからず生じます.生起した/顕在化したリスクは,非常に多様であり,定型的なプロセスを定義しただけでは対処できません.そのため生起したリスクに対して,PM知識だけでは,実践の場では役立たないエリアと言われています.

有事に対して強くなることが出来れば,新規性の強い=リスクの大きいプロジェクトを受注し,プロジェクトの競争力とすることが出来るのではないか.勿論,顧客側もリスクの価値を認め,そのための付加価値に対価を出すことが必要です.リスクをヘッジし価格競争の中で仕事を奪い合う市場から脱出し,新たなITプロジェクトのビジネスエリアが広がると考えています.

有事に対して強いプロジェクトを実現するには,現在のPM知識体系=平時の体系では難しいと考えています.PMだけでなく,参加するProfessional人材の知恵や工夫を引き出す必要が生じます.成功した事例は沢山あります.探査機はやぶさのプロジェクト,スーパーコンピュータ京などです.ITプロジェクトでも,エコポイントのシステム開発があります.日本を代表する大手SIベンダーが出来ないと断ったシステムを成功させた例です.

一言で表すと,強いリーダーシップとチームワークです.PS研究の視点からは,このチームを支える達成意欲(モチベーション)は一体何か?平時とは何が異なるのか?を追求することです.今まで進め来たPS研究は,平時のプロジェクトを対象にしていましたが,有事のプロジェクトにおける研究を次のテーマとして進めて行きます.

研究方法については,工夫が必要だと考えております.対象とするプロジェクトやProfessional人材を層別する必要があり,層別の結果,サンプル数が多くとれず,調査票と統計的な分析が困難であることが考えられます.有事のカテゴリ分け,成功/失敗の原因推測,Professional人材の行動について事例分析やインタビューなどから推測します.推測は,平時と有事の比較,未熟練者との比較を基に違いを明らかにする方法を考えております.何か良いアイデアーがあれば教えてください.

3.PMシンポとITSIGの宣伝

今年のPMシンポジウム2日目の9月7日に,「平時のプロマネ,有事のチーム力」をテーマに発表を行います.この発表は,この種のアプローチが必要なことと,いくつかの事例を中心に参加者の方と一緒に考えて行きます.

IT-SIGでは,ここで紹介した「PSと人材活用WG」以外にも有志が集まって,学び議論できる場としてWGが沢山あります.興味をもっている方は,ぜひ参加して下さい.

文献1 松尾谷徹:パートナー満足(PS)と人的リソースのパフォーマンス,プロジェクトマネジメント学会誌 4(1), 3-8, 2002-02-15
文献2 吉田耕作:ジョイ・オブ・ワーク 組織再生のマネジメント,日経BP社,2005-4-13
文献3 松尾谷徹:IT-プロジェクトにおけるヒューマンファクタと組織行動の課題,プロジェクトマネジメント学会誌 6(2), 3-8, 2004-04-15
文献4 榎田由紀子,松尾谷徹:Happiness & Activeチームを構築する実践的アプローチ : チームビルディングスキルの開発,プロジェクトマネジメント学会誌 7(1), 15-20, 2005-02-15


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