東日本大震災に寄せて
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エンジニアリング力再考

内田 淳二 (PMR) [プロフィール] :12月号

【はじめに】
本稿が読者の目に届く頃には、復興に向けて具体的なプロジェクトが実行に移されていると思われる。被災者の方々が、一日も早く日常の生活に戻ってもらうための施策が最重要であることに異論はない。しかし、此度の大災害では、10年前の阪神淡路大震災では問われることの無かった重大な問題が、国内外で沸き起こっている。それは、原発事故の対応で明らかになった日本の危機管理能力の無さである。原子力発電(以後、原発)のような大規模・複雑な事業を、成熟した産業として定着させることに失敗した事実を真摯に受け止めなければならないと警鐘を鳴らす論説 1) もある。筆者は、ものつくりで世界を席巻した技術大国日本の信頼も失われてしまったのではないか・・・とも思う。そこで、国内外で広まる不信を払拭し、かつての信頼を取り戻すために、成すべき事を考えた。

【ありのままの姿】
1955年、敗戦後の国際社会に復帰した日本は、エネルギー資源の乏しさ故に国の進路を誤った反省から経済発展の原動力として原発推進を国是とする原子力基本法を制定した。当事、事業推進の理念と基本方針は明確であった。
すなわち、第1条(目的)で、「原子力の研究、開発及び利用を推進することによつて、将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もつて人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与する。」と定め、第二条(基本方針)では、「原子力の研究、開発及び利用は、平和の目的に限り、安全の確保を旨として、民主的な運営の下に、自主的にこれを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする。(注:太字、下線は筆者)」とある。当事の国民は、原発の本質を正しく理解し、「民主」、「自主」、「公開」の三原則を堅持することを、自らに課したのである。それから半世紀、紆余曲折はあったもののアメリカ、フランスに続く世界第三位の原発保有国となるに至ったが、今回の事態で、全ては無に帰したように筆者には思える。危険であるはずの原発が、いつの間にか絶対安全に変わり、危険を唱える者が排除される仕組みが出来上がってしまっていた。その理由は、既に各種報道で明らかにされている通りであり、ここで詳細は述べないが、三原則堅持の体制が崩壊したことによるのではないかと筆者は考える。

【あるべき姿】
P2M 2) では、理念を堅持し、外部環境の変化に耐えて事業を推進するには、組織的で計画的かつ体系的なアプローチが成されねばならないとしている。筆者は、エンジニアリング企業に籍を置くものであるが、今回の原発事故に際しては、エンジニアリング事業では当たり前に行われていた三つの機能が必要であったと考える。それらは、1.リスク評価(科学的分析機能)、2.リスク管理(意思決定機能)、3.リスクコミニュケーション(組織学習機能)である。三つの機能の遂行主体を原発の場合に即して、その役割を例示すると以下のようになる。
1. リスク評価者(科学者、専門家、エンジニア)の役割:原子炉の安全だけでは確保できない原発の安全に関して、電源装置や制御装置等の安全確保とそれが失われた場合のリスクをリスク管理者に提言しなければならない。
2. リスク管理者(政治家、官僚、プロジェクトマネージャー)の役割:原発を安全に建設・運転するために成さねばならないことは、何かをリスク評価者と対等の立場で意見交換を行い、リスク特定を行い、リスク対応計画を策定し、事故発生に際しては事前の計画に基づき的確なリスク対応が行われるように仕組み・制度を構築しなければならない。
3. リスクコミュニケーションとは、1) リスクとその対処法に関する教育と啓蒙、2) リスクに関する訓練と行動変容の喚起、3) リスク評価・リスク管理機関に対する信頼の醸成、4) リスクに関わる意思決定への利害関係者や公衆の参加と紛争の解決と定義 3) されており、被害を最小限度に抑えるためになされる活動であり、リスクの評価者と管理者が行う真摯で活発な意見交換を含むものである。原発の場合では、近隣住民へ放射能放出の早期通報、避難指示・誘導、汚染実態の継続的測定と安全対策指示などの活動がこれにあたると考える。
もし、エンジニアリングが適切に行われていれば、これらの省略は有りえない。しかし、事実は逆であった。筆者は、世界最先端の技術力を誇った日本における原発推進事業おいてエンジニアリングが適切に行われなかった原因解明とその対策実施こそは、震災復興後の新しい日本を構想する上での最重要課題であろうと考える。

【結び】
日本は、「事業は人なり」と言う考えが根強く、事業は組織で動くと考える欧米流のマネジメント思考に馴染めないでいたが、今、この国ではドラッガーのマネジメントが大流行である。本稿で筆者は、硬直した大組織を変革する起爆剤としてマネジメント思考、なかんずく日本で開花したP2M思考に基づくエンジニアリング総合力の復活と、それを阻む日本と言う体質の改善に向けた行動を提言した。復活を成し遂げた暁には、根拠のない学説・風評に惑わされることの無い、効率最優先の価値観から持続可能社会構築を最優先とする価値観への大転換も果たされているに違いないと考えたからである。

以下は、平川 2) よりの引用である。
~求められているのは、リスク評価やリスク管理の完全さではない。
関係者(専門家、政策決定者、企業など)の責任」が果たされることである。「責任」とは、長期的影響や不確実性、未知のリスクの可能性等への配慮、万が一、被害があった場合の十分な対応策などである。~
以上
<参考文献>
1. 武田邦彦  原発事故 残留汚染の危険性(朝日新聞 出版) 2011
2. 平川秀幸  科学技術ガバナンス(東信堂) 2007 第3章 リスクガバナンス
3. 小原重信他  P2Mガイドブック 4部 7章 リスクマネジメント
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