研究会報告コーナー
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「環境ビジネスとP2M」調査研究委員会に参加して

独立行政法人 国際協力機構 (JICA) 森 尚樹 [プロフィール] :12月号

 今年の5月からJICA派遣専門家としてベトナムのハノイに赴任している。肩書きは「ベトナム気候変動対策プログラム・天然資源環境省アドバイザー」。日本政府などが資金・技術支援している「気候変動対策プログラム」が実施されており、ベトナム側の責任主体である天然資源環境省に席を置いて仕事をしている。

 ベトナム政府の気候変動シミュレーションによると、2100年には1990年代の平均値に比べて気温は2~3度、海面は60~100センチ上昇する。雨期の降雨量は6~10%増加し、逆に乾期は20%減少する。また、自然災害がより頻発に、より激しく、より広範囲に発生し、かつ不確実性が高まる。経済的損失などネガティブな影響は計り知れず、ベトナム政府はリスクを軽減し、かつ効果的な対策を検討していかねばならない。一方で、気候変動の原因となる温室効果ガスの発生を抑える観点から、省エネ・再生可能エネルギーを促進することで先進的な技術の導入とこれにともなう雇用拡大というチャンスも期待している。

 このような背景のもと、ベトナム政府は2008年に「国家気候変動対策戦略」を作成し、その実施に向けて国際的な支援を求めた。これに一番早く応えたのが日本政府・JICAである。JICAは2009年にフランス援助機関と共同で「気候変動対策プログラム」(第1フェーズは3年間)を立ち上げ、円借款を年間100億円を供与。2010年から世界銀行とカナダ政府が参加し、更に、韓国政府とオーストラリア政府も参加の意思表明をしている。

 このプログラムは、農業、水資源、エネルギーなどの分野において、気候変動によるリスクを軽減し、生ずる影響に対応していくために必要となる「政策・制度・組織」などを立ち上げていくことを主眼としている。各省庁によって「政策・制度・組織」づくりが計画通り実施されると、その見返りとして援助機関からの資金が「財政支援」の形で供与される。一般財政に繰り入れた後、当該資金が可能な限り気候変動対策にかかる投資プロジェクト(例えば堤防強化、代替水源開発、再生可能エネルギーなど)に予算配分されるような仕組みとなっている。さもないと関係省庁はこのプログラムに参加して政策・制度づくりに取り組むインセンティブが弱い。

 さて、近年日本政府が打ち出した「新成長戦略」において、日本企業による海外でのインフラ事業展開を推進することなどが掲げられている。その方策として官民連携で取り組むPPPなどが注目されており、ODAの活用も検討され一部実施されているものもある。例えば、JICAではODA資金の活用を前提とし、インフラ事業の民間部分への投資を計画している民間法人からPPPプロジェクト公募し、調査費用のうち一部(約1.5億円/件上限)をJICAが負担する制度を2010年度から開始している。

 この制度のもと、ベトナムでは水道、廃棄物処理、新国際空港、工業団地、高速道路事業など10件程度の事業調査が開始されている。民間企業は、円借款で建設される事業と連携するかたちで、インフラの建設とともにその後の運営・維持管理に資本参加することが想定されている。水道事業であれば、例えば、水源開発、送配水施設等を円借款で建設し、民間企業が浄水場の建設とその運営・維持管理などを責任を持って実施するイメージである。

 このようなプロジェクト・レベルでの官民連携がひとつでも多く実現していくことを期待したい。一方で、官民連携が広くかつ確実に浸透していくためには、開発途上国において民間投資にかかる障壁の緩和、省エネや環境ビジネスを促進するインセンティブ制度、またそれを実施する組織強化といった政策・制度づくりもあわせて行わなければならない。そのような観点から、私が関わっている気候変動対策プログラムのような政策・制度づくりを促進するツールとの連携が有効である。例えば、このプログラムのなかで省エネ・再生可能エネルギーの促進に関する法律の整備、各種インセンティブ、人材育成の制度などが進められている。

 気候変動対策プログラム実施の難しさ、それは特に関係省庁との調整である。例えば、ベトナム農業地方開発省だけでも気候変動に関連する部局は、灌漑、農業生産、水資源、森林、防災など多数に分かれ、同省以外には、天然資源環境省、工業貿易省(エネルギー関連)、建設省、運輸省、保健省、教育省など約10省庁が関わっている。これだけ多数の関係者間の調整はきわめて複雑であり、コストもかかる。また、省庁によって気候変動対策の緊急性、深刻度、援助機関側の関心度合いなどによりプログラムへの取り組み姿勢に大きな差がある。ベトナム政府の内側からさまざまな課題に取り組む毎日である。(おわり)
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