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上海赴任での異文化体験

富士電機(中国)有限公司  本郷 保夫 [プロフィール] :11月号

 昨年11月11日(あとで、この日が「独身の日」であることを知る)に上海に単身赴任した。上海は高層ビルが立ち並び2300万人(上海戸籍保有)の人が住んでいる大都会である。丁度万博の終わった後であったが、万博の宣伝の看板が街中にまだ見ることができた。万博によって、地鉄(日本の地下鉄相当)が整備されており、運賃は2元から3元と日本に比べて格安である。地鉄だけでなくタクシーやバスを含めた公共交通機関は交通カード(無線カード)を共通に利用できて、その運賃は低く抑えられている。しかし、この一年でタクシーの初乗り運賃が12元から14元に値上りしており、物価上昇はおさまらない。
 万博の頃に、上海市内で路上でのツバの吐き捨てやごみのポイ捨てやパジャマでの外出などを止めるように指導がなされているというテレビ報道を見た人も多いと思う。来て見ると確かにパジャマでの外出は少ないと思ったが、歩道を歩いている時に食べ物のごみを足元にポイと捨てられ、ぶつかりそうになったこともある。ごみを捨てる人も多いが、それと同時に朝からごみを掃除する人が街中に見られた。あたかもごみを捨てる人がごみを集める人の仕事を作っているようであった。
 上海で会社まで通勤するには、まず広い道路を横断しなければならない。横断歩道は青で渡るが、基本的に車が右側通行なので、左側から来る車に注意をしなければならない。一月ぐらい慣れるまで無意識に右側を見て足を踏み出すので、左からくる車やオートバイに当たりそうになる。信号が青でも車が右折のために進んでくるし、渡り切りそうなところまで来ても右側から車が前を通りすぎたりする。道路は人間優先ではなく、車優先であることを肝に銘じて歩かないといけない。そのうちコツを掴むことができ、横断する歩行者と並行して歩けばよいことに気がついた。みんなで渡れば怖くないが、歩行者がいるのにバスなどが右折して進んでくるときはさすがに怖い。歩行者が自信を持って歩いているので交通事故がないのかと思っていたが、一年近く住んでいると自動車がぶつかって止まっているのを見かけることもあった。やはり事故は起こる。
 地鉄に乗る際に、プリペード形の交通カード(20元)を購入して現金をチャージして利用するのが便利である。ワンタイムの地鉄カードを購入して乗ることもできる。ワンタイムカードは出口の改札で回収される。改札を入る際にカバンなどの荷物を持っているときは、改札の前にあるX線カメラの箱に荷物を通して中身をチェックされることがあるが、特に注意されることはない。上海市内の地鉄の改札口は地下にあることが多い。地鉄の通路にはエレベータやエスカレータがあるが、登り専用エスカレータであったりして、降りるときに階段を利用しなければならない。また、乗り換えも離れていて長い距離を歩いたり、階段の昇り降りがあったり、老人には大変である。そう思って地鉄に乗車すると、車内には老人が少なく、バリアフリーでないことが苦にならないような人たちが多い。
 地鉄は11時頃が最終で電車がなくなるので、帰りにタクシーに乗らないと帰れなくなることがある。最初の内はホテルやアパートでもらった注所カードを見せて、連れて行ってもらっていた。中国語を勉強しはじめて、タクシーに住所カードを見せずに口頭で行き先を告げてみると、チンブドン(分からない)と言われ、仕方なく住所カードを見せて帰った。タクシーに何回か口頭で話して通じるようになると、一歩中国に慣れた喜びを感じることができた。上海では行き先を告げるときに、住所番地ではなく、道路の名前を言って、行き先を教える。上海市内の道路の名前は中国の有名な地名から取っているので、道路の名前が読めるようになると全国の有名な地名を読めることになる。道路の名前は交差点の近くに立てられた標識で確認することができる。市内を歩くときには地図で道路の名前を確認しながら歩くと道に迷わずに済む。地図を持って道を歩いているときに、中国語で道か建物を聞かれることがあるが、チンブドンと答えている。
 上海で生活していて気が付くことは、銀行が土曜日や日曜日でも業務をしていることである。また銀行の発行する銀聯カードはいろいろな場所(百貨店、ホテル、レストラン、大きな観光施設など)で使えて非常に便利である。百貨店でほしいものを買うときに、店員にその場でお金を支払うのではなく、購入したいものの品名と値段を書いた伝票を精算所に持っていって、お金を支払って購入したことを示す伝票を売り場に持って帰り、品物と交換する。これは店員が現金に触れないようにする仕組みである。銀聯カードは便利であるが、小さなお店や小さな食堂では使えないことも多いので現金を持つようにしなければならない。
 もうひとつ上海で生活していて気が付くことは、食堂が多いということである。一般の人は、朝は会社へ行く途中で軽食を購入して、歩きながら食べたり、地鉄の中や会社で食べたりしている。また夕方は会社から定時で帰り、仲の良い友達同士や家族一緒に近くのおいしい食堂で夕食をとっている姿が見られる。もちろん家族で夕飯を家で食べるというのが普通らしいが、その時に夕飯を作るのはお父さんといことも多いらしい。上海は中国全国の料理が楽しめるところで、いろいろな食堂がある。もちろん日本食のお店も多いが、中国料理のお店に比べると値段が高いので中国人には敬遠されることもある。中国料理には湖南料理のように非常に辛いものがあり、食べると舌が痺れるように痛く、味が分からなくなる。料理は大量の油を使い、香辛料や唐辛子のもとになる野菜で味を付けるので、食材である魚、鶏、羊、豚、牛、蛙などの味が分からなくなる。言い換えると何を食べているのか、目では確認できるが舌では確認が難しい。食材となる鶏や蛙は上海の一般の人たちが買いに行くお店では生きたまま売っていて、一番新鮮な状態で販売されている。これにより食の安全性を自分で確認することができる。また、中国料理は鶏や蛙や魚を骨ごとぶつ切りにしたものを調理し、肉に骨が付いたままで料理が出てくる。料理を食べると骨と肉とを噛み分けて食べることになる。最初は肉だけを調理する日本食と随分違うなと思うが、そのうち肉骨を調理する中国料理に慣れてしまい、食べる量と食べ残し量が同じくらいであることが不思議でなくなる。
 上海に赴任してもうすぐ一年となる。初めて来たときの新鮮な驚きがだんだんとなくなりつつあり、今回、いままで感じたことを異文化の体験としてまとめてみた。結論はまだない。
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