グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第56回)
学との連携に向けて (つづき)

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :11月号

 明日はまた仙台に講義にでかける。前回は8月末に慶應義塾大学大学院の仙台復興フォーラムで仙台に行きフォーラム2回と、その合間に石巻と女川で被災地調査を大学のプログラムチームの皆さんと一緒に行ったが、2本目のフォーラムを夜の10時半に終えると、東北新幹線も東京行終電が出た後で、参加エントリーが遅くなった私がホテル予約を試みた時には時すでに遅く、ある大規模イベントでホテルはどこも満室であった。
 そこで、仙台駅発23時40分発の新宿行《ドリーム正宗号》というJRの夜行高速バスで帰ってきた。実は私は小学生の頃から国鉄バスの大ファンで、たとえば、関西に出張というとわざわざ休暇をとって、京都駅発周山行で山城高雄に行くとか、吹田駅発松下厨房器前行で門真市まで乗るとか(PMAJ関西の方でこの路線があったことを知っている方はパナソニックの社員の方でもまずいないであろう)していた。国鉄バスは、JRバスになり、一般路線は2000年以降は廃止につぐ廃止で、いまやJRバスと云えば高速バスの代名詞になってしまい。時間がとれるようになったら心おきなくJRバスの旅をしたいと思っていた私には楽しみが減ってしまった。
 数日前に我が家に来たチビ鉄の3歳の孫に、あさって東北新幹線に乗るよ、《はやて》と《つばさ》が連結しているんだよ、と云ったら、「ちがうよ、《つばさ.》じゃないよ《こまち》だよ、《つばさ》は山形新幹線だよ」と直された。私の鉄道マニアの方も以前は「准準」くらいのレベルにはあったと思うが、時代は変わった。
 この項で話題とするウクライナやフランスも鉄道の国で、フランスはスピード世界一のTGVを誇り、ウクライナもエリートを含めて国民の大都市間移動は夜行寝台列車という鉄道大国である。TGVは走り出せはスピードは世界一であるが、遅延がやたらと多い。5分や10分の遅れはまったく遅延にはならない。一方のウクライナの鉄道は、10数時間の走行で、到着の誤差は1分以内である。ウクナイナは世界に冠たるITアーキテクチャ王国(ただし、頭脳流出でほとんどの技術者はアメリカかドイツにいる)らしく、制御技術はすばらしい。

 今月は、最近のウクライナとフランスでの、私の経験による大学院でのPM教育に関して報告する。
ウクライナでは、今年は日本の大震災の影響と私自身の体調不良で実施を控えたが、2008年から年間2ラウンドを目標に大学院での講義を行っている。来年は早速1月から講義が予定されている。
 講義は各地の名門国立工科大学での、プロジェクトマネジメント専攻の大学院生へのPM特論(イノベーション・プロジェクトマネジメント論)か、大学をプラットフォームとしての混合教育(大学教授・准教授・修士課程生・博士課程生・官僚・企業の幹部社員などの混成クラス)のいずれかである。
 これまで、キエフ総合工大、キエフ国立建設・建築大、ハリキウ総合工大、国立鉱山大(デニプロペトロフスクク)、国立マカロフ提督記念造船大(ニコラエフ)、オデッサ海洋大、国立農業大(リビブ)、州立安全・防災大(リビブ)をプラットフォームとしており、混合教育は、プラットフォーム大学以外の教授や学生にも参加機会が開かれているので、他に約30校の大学完成者が私の講義を聴講している。
 ウクライナのプロジェクトマネジメント高等教育のレベルは世界トップレベル(NASAのP&PM機構の責任者 Ed Hoffman博士の評価など)にあり、多くの国のPM専攻課程が、主としてPM協会のスタンダードを軸に科目を構成しているのに対して、科学としてのプロジェクトマネジメント学をしっかりと教えている。
 ロシアと同様、ウクライナの工業大学教育は、いまやこの世に数少ない徹底したスパルタ教育を旨としてきており、学生も徹底的に鍛えられるが、ファカルティーも完全な階級性で、修士卒は助手、博士(PhD)保有者は准教授、上級博士(Dr. Science)のみが教授、学部長以上は Academician (ウクライナ科学アカデミー認定の学者)であること、などのヒエラルキーが厳然としてある。
 スパルタぶりであるが、たとえば、修士課程生が研究課題の中間報告を行う場合など、自分のスーパーバイザーの教授のみではなく、学部全体の教授がずらりと並んでの評価を受けることになっており、まず報告のタイトルからはじまり、主旨、論点、研究の状況、今後の課題にわたり学生が発言するたびに徹底的に突っ込みが入る。学生も慣れたもので、たじろぐことなく、平然と発表を進める。私が教授側で経験した一番のツワモノ学生は、ドネツク工科大学の博士課程生(女性)で、私はこの、もうじき博士の、あまりの美しさに質問を忘れてポカンと見つめていたが、彼女は教授連中の矢のようなコメントをすいすいかわして、壇上一杯を使って身振り手振りを交えて踊るような発表を行った。
 このようなウクライナの工科大学であるが、ウクライナが2005年にボローニャ協定に加盟を決定してから急速に学力が落ちていると大学関係者が言っていた。ボローニャ協定(あるいはボローニャ・プロセス)は1998年にヨーロッパ29カ国の教育大臣が署名してできた大学大憲章(The Magna Charta Universitatum)で、ありとあらゆる分野で国境の垣根がなくなりつつなるヨーロッパで、高等教育についての垣根もなくそうという取組である。
 いずれはEU入りを目指すウクライナも加盟をしたが、その実は反対論者が多い大学教授方によると、ボローニャプロセスは大学教育のゆとり化に拍車をかけるものである、と。正統派の教育を行ってきたウクライナ・アカデミズムの伝統が崩れるという意味であるが、反面からいえば、大権威を謳歌してきた工科大学の教授達の聖域が崩されるという由々しき事態なのである。

Academician 認定記念講義後に造船大の同僚教授と、彼女はオリンピック水泳選手の母である  ウクライナの大学では、私は、P2Mも教えるが、グローバルPMの種々な題材を使いながら講義を行っている。私の講義内容は科学という観点からはウクライナの教授にとてもかなうものではないが、ポケットの多さと明快さ、話題性、それと講義スタミナで本物の教授達を納得させて仲間に入れてもらっている。そして、世界で、次節でふれるSKEMA経営大学院大学と共に70年代から大学院PM専攻課程を有する世界有数のPM教育校(修士1,500名、博士35名を輩出)Kiev National University of Construction and ArchitectureでVisiting Professor、Admiral Makarov National University of Shipbuilding でProfessorを務めるに至った。
 若干言葉の壁はあるが(私はウクライナ語もロシア語もアルファベットもよく読めない)、レベルの高いウクライナの大学院で科学としてのプロジェクトマネジメントを研究し、若干でも語れるようになりたいと考えている。

 次にフランスに移る。
 フランスのSKEMA Business SchoolとPMAJやP2MあるいはP2M講義のことは、このコラムでも度々紹介したが、今年も7月に同校Paris La Villetteキャンパスで昨年比急増の52名の大学院生を対象に3日間のP2M論講義を行った。
 このキャンパスでの課程は(1科目につき1週間の集中講義制) MSc. PM とMBAがあり、P2M論は、両課程共通選択科目となっている。
今年の受講生数は、コース史上最大となった。これはP2M講義のこれまでの実績の口コミもあるが、この講義は修士課程2年目・9月入学生にとって卒業前の最終講義であり、単位不足の怖れがある学生がこぞってエントリーするという事情もある。
 学生の国籍別分布は(フランス人とフランス語圏アフリカ人の判別は若干の誤差あり)、フランス18名、フランス系アフリカ諸国 4名、ドイツ2名、デンマーク1名、ロシア1名、中国7名、インド10名、ラテンアメリカ5名、UAE 2名、ナイジェリア2名であった。
ここ数年フランス人の受講生が減少していたが、今年は首位となり、また中国人の学生数が若干減少している。また、常連であるモロッコの学生が居なかった。
“Man on Mars by 2037” Workshop Team 今年の学生のパフォーマンスは全体的に極めて高く、
短時間(4日)で課題のP2Mの読み込みをよく行い、的確な分析でかなり正確なプレゼンテーションを行った(棒読みはほとんどなかった)。
何組かはP2M課題箇所についてしっかりと掘り下げを行っており、こなれた報告内容であった。例えば難解とされているFinance Managementは秀逸であった。
マネジメント専攻の大学院生であり、経営学の基礎とグローバルPM体系のいずれか(PMBOK、PRINCE2)を履修済みであり、P2Mの内容についてもよく理解している。
3つのグループに分かれてのワークショップでは、グループごとに設定したプログラム課題に対して実に優れた成果が発表された。
修了試験では全員楽々合格し、過去最高の47.1点(50点満点)の平均得点を得た(早い学生は15分以内で答え終えた)。

 さて、このように盛況であったP2M論であるが、実施は毎年初めの大学の課程編成会議で決まるので、来年も実施するかどうかは定かではない。フランスの知識社会には伝統的にPopularismへの反感があり、大学も然りである。SKEMAはギリシャ語のスキームを意味する言葉に発しているが、同校によるとSchool of Knowledge Economy and Managementを意味しているという。同校のPM課程では、今年に入ってから、これまでのいくつかのPM協会のスタンダードを縦軸に国際PM界の共通項的なPM論を教えることに異議を呈しており、フランス人以外の教授はPM博士課程のRodney Turner先生一人となり、米・英・豪などすべての教授・客員教授が大学を去っている。
 関係者によれば、フランスの英知を傾けた教育を行うのであるという。それもフランス流である。 ♥♥♥

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