東日本大震災に寄せて
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原発事故について思うこと

小石原 健介 [プロフィール] :10月号

 3月11日の事故直後の対応について一体何をしているのか、一種の義憤がジャーナル41号へ投稿論文を書く動機となった。さらにオンライン8月号ではカナダの原発での運転管理者の人材教育訓練の実態について報告をしてきた。これらを踏まえて今回は「原発事故について思うこと」という形でまとめたいと思う。

1.はじめに
 この原発について最大の問題は、ひとたび事故が起これば大惨事につながる原子力について国家としての体制、認識や取り組みが余りにも不十分であったということだ。さらにこの国の責任に関してメディアも世論も余り大きく取り上げていないことにも問題がある。国で管理ができない問題を一民間企業の東電や一部のご用学者に責任をかぶせるような次元の問題ではない。残念ながら日本では原子力と言う「パンドラの箱」について国家として十分な認識と体制が整わないまま今日に来てしまったと言わざるを得ない。また今回事故が起きたからと言って直ちに原発廃止論を唱えるのも無責任であろう。私は原発廃止論を唱える前に先ずは原子力利用の先進国が国家として果してどのような体制で取り組んでいるのかについて学ぶべきだと考える。アメリカは現在原発以外に大変な数の原子力艦船を運航している。こうした艦船の運航や危機管理の実態について真剣に学ぶべきです。事故発生時米軍からの支援申し出を東電の意向で断った政府は余りにも事の重大さが分かっておらず単なる無知や奢りでは済まされないと思うのです。

2.原子力利用先進国での取り組み
 アメリカでは1975年に原子力規制委員会(NRC)が設立され、3,200名の専門家を抱えており、すべての問題解決の元締めをしている。事故が起きると大統領はNRCに出動命令を出し、NRCの判断で対策が行われ、廃炉の決定権限を与えている。東工大出の菅さんが対策本部長になって指揮を執るか否かの是非を云々するような次元の問題ではない。またネットで調べてもNRCは1993年に制定された「訓練規則」を通して産業界における訓練や資格認定制度を認可しており、原子力訓練アカデミーが原子力運転研究所やその他の原子力発電所における訓練への取り組みを統合し標準化している。このように国家としての取り組みについて日本とは月とスッポンの違いがある。
 同じくフランスでもフランス原子力委員会は各所にある原子力研究所に専門家10,000人を擁しておりここですべての問題解決の元締めをしていると聞いている。またカナダでの原発での運転、整備に携わる人材育成・訓練の実態はオンライン8月号を参照ください。

3.わが国での人材育成の実態
 日本での原子力技術者育成の実態はネットで調べる限り、原子炉主任技術者、核燃料取扱主任者、放射線取扱主任者などいずれもスペッシャリストの育成で如何にも日本的な専門別縦割りの人材育成である。カナダのような原子炉、放射能、ボイラー、タービン、ポンプ熱交換器、電気工学、外部電源、建屋など原発と言うプラント全体におよぶ運転管理を視野に入れた理論と運転実習を含めた人材育成のためのカリキュラムや国家資格は見当たらない。アメリカやカナダが「線」の教育訓練とすれば、日本は「点」に留まっている。
 また事故時、緊急時に間髪を入れず適切な対応が求められる運転管理者に対する一種のストレステストについての厳しい国家資格は見当たらない。残念ながらわが国の安全文化か欧米に比べ低レベルでリスクアセスメントの何かがよく理解されていない証拠と言える。原子炉本体のことしかわからない原子炉主任技術者の国家資格では原発を任せる訳にはいかない。

4.原発推進派学者の原発事故についての緊急建言
 これまでにわが国の原発推進派学者16名が連盟で緊急建言を政府へ提出している(20011年3月30日付)。これによると冒頭「原子力の平和利用を先頭だって進めて来た者として、今回の事故を極めて遺憾に思うと同時に国民に深く陳謝いたします。」そして最後のむすびとして「事態をこれ以上悪化させずに、当面の難局を乗り切り、長期的に危機を増大させないためには、日本原子力研究機構、放射線医学総合研究所、産業界、大学等を結集し、わが国がもつ専門的英知と経験を組織的に活用しつつ、総合的かつ戦略的な取り組みが必須である。私たちは、国を挙げた福島原発事故に対処する強力な体制を緊急に構築することを強く政府に求めるものである。」と記されている。
 これを読んで唖然としたのは今回の原発事故の本質が何一つ理解されていないことだ。冒頭の国民への陳謝は一体何について謝罪しているのか?この抽象的な文言からは、これまで「原発が絶対安全」だと言う世論の形成、「安全神話」ムードを醸成し、現実には全くあり得ない「安全神話」のお墨付き発行者そのものの姿である。またこの文面からは原子力と言う「パンドラの箱」について国としてのこれまでの取り組み体制、認識が不十分であった問題の本質については何一つ読み取ることが出来ない。また原子力利用の先進国アメリカ、フランス、カナダの国として取り組み姿勢や原発管理の実態から学ぼうとする姿勢も全く見られず、今回の大惨事から一体何を学んだのかと言いたくなる。全く現実にあり得ない「安全神話」の虚像を創り上げてきた原発推進派の学者たちは学者としても技術者としても戦犯同様万死に値する。

5.わが国の安全文化について
 今回の原発事故の教訓として人間のやることに完全はあり得ない、人間は過ちを犯すことを前提とした欧米のリスクアセスメントに学ばねばならない。これがなければまた同じ過ちを繰り返すことになる。残念ながらわが国の安全文化についての認識は原子力利用先進国アメリカ、フランス、カナダなどに比べ極めて低レベルと言わざるを得ない。これまでの原子力政策については政府、原子力推進派学者、電力会社の政策方針(権論)に対しての一部識者の意見や異論、指摘は意図的に排除され、原発は絶対に事故を起こさないとの「安全神話」が創作され、それをおめでたいことに国民が信奉してきた。この致命的な事実は、かって軍部や産業界、マスコミが主導してきた太平洋戦争の悪夢を思い出さずにはいられないのである。

6.リスクアセスメント
 リスクアセスメントとしての具体的な事例はアメリカの原子力規制委員会により1993年に制定された「訓練規則」を通して産業界における訓練や資格認定制度を認可しており、原子力訓練アカデミーが原子力運転研究所やその他の原発における訓練への取り組みを統合し標準化を行っていることやカナダでの原発運転員の育成への取り組みなどで示されている。我々はまずこれらの実態を学ばねばならない。人間のやることに完全はあり得ない、そしてこの人間が作った設備やシステムの不完全さを補うのは現場における運転管理者と整備技術者に依存する他に選択肢のないことを政府、学者、電力会社は肝に銘ずべきである。
 私は海上勤務の経験者ですが、戦後わが国の再建には海運の発展が欠かせないとして国はそのため1951年船舶運航技術の訓練のため船員の教育訓練と資格認定制度を定めた船舶職員法を制定し優秀な船員の育成に努めてきた、その結果海運立国、ならびに造船技術者と運航技術者の共同により世界一の造船立国を造り上げてきた前例がある。

7.わが国の技術立国としての将来
 既に成熟度の高い工業製品については韓国、中国、台湾、インドなどの急追を受けており、将来にわたりわが国の地位を維持するのは難しくなってきている。一方、海外での原発建設は今後も続くと予測される。わが国が将来も技術立国としての地位を維持していくには原子力のようにひとたび事故が起きれば大惨事となる極めて高いリスク、高度な科学技術を駆使し他の追随を許さない分野への挑戦が必要である。おそらくアメリカ、フランス、カナダは今後も原子力開発をさらに継続することになると思うが、わが国が完全に原発を廃止し原子力開発から撤退することは技術立国としての将来を断念することになる。この意味で今回の原発事故は国の将来の命運を左右する大きな試金石と言える。

8.結論
 今回の原発事故は人災である。地震や津波災害が予測され、かつ過去の事例があるにもかかわらず、それを無視した安価な経済設計を安全神話の下に推し進めた怠慢が招いたものだ。とすれば上述したような十分な対策を講じれば、今後、かかる事故は防げることを意味している。
 唐突な原子力撤退宣言で経済を破壊するがごとき無謀な策をとるのではなく、国家として将来の科学立国を意識すれば、今、?緊に講じねばならない対策はおのずと明らかであろう。
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