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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
~疑似経験から学ぶ力~

井上 多恵子 [プロフィール] :10月号

 社外の女性団体での活動という「未経験のダイバーシティーに対応すべく少しずつでも前に進んでいる様を来月は報告できるようにしたい」そう、先月号で書いた。この1カ月間、果たして進歩はあったか?日々大量に届くSNSのメッセージに目は疲れ、肩は凝り、時間の面でも気持ちの面でも余裕はない。が、少しは前に進んでいる。
 理由の一つは、どんどんタスクをこなしてプロジェクトを進めなければいけない状況で、いちいちへこんでいる時間がない、という実態からくるものだ。加えて、新しい経験のプラス面を捉えることができるようになってきたという心理面での変化だ。全てを学びの機会、と捉えることができるほどのポジティブな意識は持っていないが、今の経験が何らかの形で私自身にも役立つ、ということを感じられるようになった。他のメンバーの指示の出し方を見て、「うまいな」と感心したり、普段なら会えない人と知り合ったり、新しい知識を得よう、というインセンティブを得たり。会議をうまく仕切ることができなかったという反省から、次回はもっと細部にまで詰めていこう、そんな知恵が出てきて、会議の仕切り方を改善できたこともあった。
 もっとも嬉しいのは、私の大事にしているグローバルコミュニケーション力をさらに磨くことに役立つ、という点だ。海外での研修が予定されており、その準備メンバーとして関わっているからだ。昨年から米国のカンファレンスに参加する機会はあったが、今回は単なる参加者ではなく、企画にも携わる立場だ。米国のカンファレンスに、一人で自由に参加するのと、大勢の日本人を連れていき、彼女たちが多くの学びを得ることができるよう留意するのとでは、大いに異なる。コミュニケーションの支援やプロフェッショナルなスピーチのやり方など、違った視点で、違った学びを得ることができるだろう。
 ところで、皆さんの中には、ダイバーシティーへの対応力を磨こうと思っても、「経験できる機会があまり無い」という方もいるだろう。そういう方は、どうすればいいのか。ダイバーシティーの事例を見聞きした際に、もし自分がその立場におかれたら、どう考えどう行動するのか、という視点でシミュレーションしてみることをお勧めする。例えば、NHKで放映されている「サンデル 白熱教室」。私が観た回では、「震災」にどう対応するかについて、「正解が無い」さまざまな問いを、日本・中国・米米国の学生たちに投げかけていた。裕福な人は同じ国の貧しい人々を助けるべきか、といった問いに対し、「当然助けるべきだ」と断言する中国人学生と、「条件付きで」といったニュアンスを含めた他の学生たちなど、回答に差が出る。あなたなら、問いにどういう答えを出すのか。その答えは、他の国の人たちの答えとどう違うのか。浮き彫りになる多様な価値観と対峙することが、実際にダイバーシティーな環境に置かれた時に役立つ。
 NHKの「英語でしゃべらナイト」という番組も、参考になる。毎回日本的な表現を英語でどう訳すか、という質問コーナーがある。先日のお題は、「時間のある時で構いませんので」だった。皆さんなら、どう答えるだろうか?日本人的発想で普通に考えると、そのまま翻訳することになる。しかし、番組では、「いつまでに必要か、という期限」を追記することを勧めていた。「時間のある時で構わない」という言葉を額面通りに受け取り、その仕事をずっと先延ばししてしまう外国人がいるからだ。この事例からは、価値観や常識が日本人と異なる外国人と接する際には日本語を翻訳するだけでは駄目で、相手に意図がきちんと伝わるよう、意訳しないといけないことがわかる。
 「英語でしゃべらナイト」では、上司が突然イギリス人とインド人になった30才のビジネスマンの奮戦記も紹介していた。インド人の早口で、かつ訛りのある英語が理解できないという状況を、会議を録音し、上司の話し方を何度も聞くことで打開したという。また、彼が作成したプレゼンテーション用資料に対し、英語での詳細なフィードバックを受けていた。 皆さんが同じ立場に突如おかれたとしたら、上手く対応できるだろうか。ネイティブではない人と英語でコミュニケーションをするための訓練、論理的に伝えるための訓練。楽ではない。しかし、今、超ドメスティックな会社であっても、数年後も同じである保証はない。皆さんの職場にも、もしかしたら数年後には外国人の同僚がいたり、あるいはパナソニックの調達、物流の両本部が12年4月にシンガポールに移るのと同様に、職場自体が海外に移転したりすることもありえる。グローバルなダイバーシティーは、思っているよりも早く、日本人にとって身近なものになりそうだ。
 疑似経験も上手く活用しながら、今から訓練しておいて損はない。
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