ダブリンの風(97) 「2ランク下で仕事をせよ」
高根 宏士:9月号
以前(2004.11)にリスクのレベルについて書いたことがあった。最近学生時代の友人から連絡があり、このコラムを読んだことと、それに関連しそうな例を教えてくれた。
彼は大学を卒業後、メーカーに就職した。その後順調に努めて10年近く経ち、係長に昇進するかどうかの時期に差し掛かった。彼は当然第1選抜で昇進できると思っていた。ところが彼は第1選抜から漏れた。昇進したメンバーは彼から見ると、どうしても自分より、力がないと思えるような人間だった。彼は非常なショックと怒りを覚えた。このとき尊敬する先輩から言われた言葉が
「2ランク下で仕事をせよ」
であった。これは現在の自分の立場から見て2ランク下の仕事をすることではなく、現在担当している仕事を2ランク上の視点から見て処理しろという意味である。例えば担当者の時は課長のつもりで、その視点から与えられた役割の仕事をすることであり。係長の時は部長の視点、課長のときは工場長の視点、部長の時は本社役員本部長の視点で、その2ランク下の仕事をすることである。
彼はこの言葉を言われた時は何を意味しているのか理解できなかった。しかし冷静になって考えてみると、視界が一挙に晴れたように感じたそうである。まずは自分が係長になれると思っていたのは、係長の役割を全うできる見通しがあるからではなく、単に担当者としての他人との比較からにすぎない。係長になったらどのように行動するかについて自分の見識をほとんど持っていないこともわかった。係長にならなかったのは当然であると思えるようになった。それから課長の役割は何か、その立場だったら、現在担当している仕事をどのように見るかということについて考えるようになった。その中で係長としての行動指針は何かも結果として見えてきた。次の年、彼はまたしても昇進しなかった。しかし彼の心は平静であった。下のレベルでの他人との競争ではなく、職位そのものに自分が相応しいかどうかだけを見るようになったからである。結局係長に昇進したのは同期入社の中で最後に昇進したグループと同じであった。ちなみに同時に昇進したメンバーは全員定年まで係長クラスだったそうである。
係長に昇進した時に彼が感じたことは新たな職務だから頑張らなければならないという気持ちではなく、既にわかりきったことをやるんだという、いつもと変わらない気持ちだったそうである。したがって周りの人から見ると他の係長よりも彼の方が先輩係長に見えたらしい。
係長になったので彼の視点は部長の視点になった。その視点から見ると、課長は何の見識も持たず、単に部長に対するイエスマンであり、部長は仕事の成果よりも上司に対する自己保身からのみ仕事の方針を出しているということが、見え見えであった。彼はここで間違えた。部長の視点で係長の仕事をするのではなく、部長のつもりで行動してしまった。そして部長の考えがいかに間違っているかを厳しく指摘して直させようとした。部長はカンカンになり、彼は仕事からはずされ、若くして窓際に追いやられた。しかし1年後部長の方針が誤っていたことが明確になり、更迭され、彼は元の職位に戻った。しかしこのような事件を起こしたので、課長になるのはまた同期で最後であった。それでも彼は先輩の言を踏まえ、常に2ランク上の視点からものをみるようにしていたので、その後部長、工場長には同期の中でトップクラスの速さでなった。
彼は2ランク上の視点からものを見るようになってから、担当している役割の内容、リスク、問題、影響範囲等が、非常にヴィジュアルに見えるようになり、どんな困難な場面でも平静でいられるようになったとのことである。彼の行動はリスク対策として見た場合、必要とされるリスクレベル(2004.11のコラム参照)よりも2ランク上のリスクを見ていたことになる。リスク対策を常に必要なレベルよりも高いところから発想していると物事はほとんど破綻をきたさないだろうということである。
彼はこの言葉で、非常に見通しの良い人生を過ごせたと言っていた。一つだけ問題になったのは、上司のレベルがはっきりとわかってしまい、ダメな上司ほどそれを鋭く感じ、彼を排除する行動に出たとのことである。それでも彼は功なり名を遂げて、現在は、有名な高原に素晴らしいログハウスを建て、悠々自適の毎日を送っている。 |