リスクベースド・アプローチの実践:「リスクの見える化」 (2)
前回、「リスクの見える化」には認識の共有が必要であり、そのために5つの要素(問題定義、モデル、リスクシナリオ、リスクマップ、リスクメタ言語)を6つのプロセスで利用することを述べました。前回で述べたように、まずはモデルに関して、何故モデルが必要なのか、どのような効用があるのか、どのようにモデルを作成するのか、といったことを説明したいと思います。
モデルとは何か、モデルとは『ある人間にとっての、ある状況、あるいは状況についての概念(idea)の明示的な解釈である。モデルは、数式、記号、あるいは言葉で表すことができるが、本質的には、実体、プロセス、属性、およびそれらの関係についての記述である。モデルは規範的、記述的のどちらでもありうるが、何よりも役立つものでなければならない』[1]と定義されています。広義な定義となっていますが、私たちがリスクを考える際に利用するモデルとは、状況についての概念であるということを理解しておくことが大切です。本手法ではモデルの定義をもう少し簡潔に説明しています。それは、「対象(システム、プロジェクト、業務など)の本質を理解するためのベースラインであり、複数の人の間で同じ認識を持つために余分なものをそぎ落として抽象化したもの」がモデルであるということです。モデルにより対象とそれ以外との境界を認識することができます。これは重要なポイントです。どの部分までを認識しているのかを明確にするものがモデルです。
本手法で利用するモデル化の手法を以下に示します。
モデルの特徴
実際には、プロジェクトの特性に合わせてモデル化の手法を組み合わせることが必要となります。本稿では、容易に学ぶことができ汎用性のあるモデル化の手法であるHHM(HIERACHICAL HOLOGRAPHIC MODELING)を紹介し、具体的な例を用いてモデル化の方法や効用について説明をしたいと思います。
HHMは、その名の通り対象を階層化した構造で表現します。世の中の多くのものは階層構造で表現したり理解したりすることが可能です。プロジェクトやプロジェクトの対象である製品やサービスに関しても同様です。階層構造で表された要素は、親-子関係や全体-部分の関係を表します。HHMを用いる場合には、以下の点に着目することが必要です。
1. |
階層的な構造に着目 |
2. |
分析対象と対象外との境界に着目 |
3. |
ステークホルダーとの関係に着目 |
マンションの大規模改修工事を、HHMにより表現した例を次に示します。HHMでは、全体をいくつかの要素に分け(ヘッドトピック)、さらに詳細化(サブトピック)します。必要であれば、サブトピックをさらに詳細化します。この例では、改修工事を、住民、マンション、施工、関係者、災害の5つのヘッドトピックからサブトピックを作成しています。ここには、マンションという構造物や住民や関係者といったステークホルダーが含まれています。
マンションのHHM
モデルは認識を共有するための道具であると説明しました。これは作成されたモデルを用いて認識を共有するのではなく、モデルの作成過程で行われることを指しています。ここで必要となるのは、「視点の設定」です。モデルは設定された視点に基づいて作成されます。従って、視点を共有することは、モデルの理解を促し、モデルで表現している世界を理解することにつながります[2]。ここに示したマンションの大規模改修工事の例に関しても、視点を説明しなければ理解することはできないと思います。どうしてヘッドトピックの5つが出てきたのか、それ以外にはないのか、といった疑問に答えるには視点を説明しなければなりません。
次回ではモデル作成に関して、もう少し踏み込んで説明をしたいと思います。そして、作成されたモデルからリスクをどのように特定するのかについて話を進めていきたいと思います。
参考文献 |
[1] |
Brian Wilson,システム仕様の分析学,共立出版,1996 |
[2] |
宮崎清孝,上野直樹,視点,東京大学出版会,1985 |
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