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リスクベースド・アプローチの実践:「リスクの見える化」 (1)

河合 一夫 [プロフィール]
 URL: こちら  Email: こちら :7月号

 私たちの社会は、ますます複雑、多様化しています。そのような環境における企業活動やプロジェクトマネジメントには、リスクベースド・アプローチ(リスクベース・アプローチともいう)が有効な考え方だと思います。これから数回に渡り、リスクベースド・アプローチの考え方、組織やプロジェクトマネジメントへの効用について述べたいと思います。今回は、リスクベースド・アプローチの概要や実践において重要な技法となる「リスクの見える化」について述べます。
 リスクとは、「目的に対する不確かさの影響」(ISO31000:2009)と定義されています。リスクベースド・アプローチ(リスクベース・アプローチともいう)は、リスクアセスメントに基づいて意思決定をする考え方であり、費用と便益との兼ね合いを社会が受け入れる基準を用いてコントロールするという考え方をベースとしています。リスクベースド・アプローチの重要性は、近年、FDA(アメリカ食品医薬品局)やICH(日米欧医薬品規制調和国際会議)で、リスクベースド・アプローチを取り入れたガイドラインの発表やISOの安全系規格(ISO12100やISO14971など)の動向にみられます。しかし、それが組織において十分機能していないために発生している事故があることも事実です。
 企業活動においてもリスクベースド・アプローチを取り入れたマネジメントの重要性が増しています。これは企業活動をとりまく環境が、ますます複雑になり不確かさが増していることに起因します。このような環境のもとで組織が持続的な成功を遂げるには、リスクベースド・アプローチが有効な考え方です。ISO9004:2009(組織の持続的成功のための運営管理)においても、リスクアセスメントによる意思決定を戦略の展開の中で有効に利用すべきことを述べています。
 リスクベースド・アプローチの効用は2つあります。まず第1に、組織活動の意思決定に対して、「この決定により、今後どうなるか」を考える組織文化が形成されるようになるということです。組織のあらゆる活動にはリスクが含まれます。リスクへの対処は組織の目標達成に大きな影響を与えます。そこで、常に発生しうる事象に対する対応を考えておくことは重要です。第2に、既に発生した事象(事実)に注意を払い、それを考慮した対応が可能になることです。有名なハインリッヒの法則に見られるように、小さな事象を見逃さないことが大きな失敗をしないことにつながります。過去から将来へ、あらゆる事象をリスク視点で評価し、意思決定を行うことがリスクベースド・アプローチのポイントです。機械、プラント、医療の分野で発展してきたリスクベースド・アプローチは、新しいサービスの提供、各種マネジメントシステムの運用、組織学習に対して効果を発揮する取り組みと言えます。
 リスクベースド・アプローチに取り組む際にまず必要となるのが、リスクに対する認識を組織で共有する技法を実践できるようにすることです。リスクは、個人が認識するモノやコトです。ある人にとってのリスクは、他の人にとってのリスクではないかも知れません。リスクを「見える」ようにするというのは、リスクに対する認識とリスクが発生する環境を他の人と共有することにほかなりません。「意味づけ」や「解釈」を共有するということです[1]。どのようなリスクがあり、そのリスクによって何が起きるのか、それを共有しておくことはプロジェクトなどの組織的な活動を遂行する上で非常に重要なことだと思います。本連載で紹介する「リスクの見える化」は、認識を共有するために5つの要素と6つのプロセスを用いる技法です。

5要素の関係

 5つの要素は、1)問題定義、2)モデル、3)リスクシナリオ、4)シナリオマップ、5)リスクメタ言語、です。これらの要素を6つのプロセスを用いて「リスクの見える化」を行います。次回からは、各要素の説明をしたいと思います。まずは、モデルに関して、何故モデルが必要なのか、どのような効用があるのか、どのようにモデルを作成するのか、といったことを説明したいと思います。

参考文献
[1] 佐伯胖,「わかり方」の探求,小学館,2004
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