ダブリンの風(95) 「感じる」こと
高根 宏士:7月号
リスクマネジメントのサイクルは「リスクの特定(識別)」、識別された「リスクの分析」、「対応計画」、「実行状況監視」である。「リスクの特定」とはプロジェクトのスケジュール、コスト、品質に影響しそうな事象(リスク)をリストアップすることである。「リスクの分析」とはリストアップされたリスクの発生見込みと影響度合い、およびその代替手段のリスクを評価し、優先順位を設定することである。「対応計画」は分析で設定された優先順位に従って各リスクへの対応計画を作ることである。「実行状況監視」は対応計画の実施状況を監視することと監視の中で見出される新しいリスクを特定し、マネジメントへフィードバックすることである。
このサイクルの中で最も重要なプロセスは「リスクの特定」である。分析以降のプロセスは全て特定されたリスクを基に展開される。したがってリスクが特定されなければ、以降のプロセスは動かない。
リスクを特定するために、過去の経験やチェックリスト、専門家や関係者に対するヒアリング等のツールが活用される。これらのツール等が充実すればするほどリスクの特定はし易くなる。しかしこれらのツールだけによる特定では現実のプロジェクトとしては不十分であることは福島原発事故を見れば明らかである。それではリスクの特定に必要なことは何であろうか。それは当事者がリスクを「感じる」ことである。リスクとは起こるかもしれない不確かな事象であるから、「起こるかもしれない」と誰も感じなければどんな危機状態もリスクにならない。すなわち気がつかないものはリスクにならない。
今回の福島原発においても、例えば見学した小学生からAが壊れたらどうなるかという質問をされ、Bがありますと答え、そのBが壊れたらというように次々と質問され、東電の説明員は最後にそんなことは絶対にありませんと答えたということが新聞に載っていた。またマニュアルに、バックアップも含め長期に電力供給ができなくなることは想定しなくてもよいと書かれていた。これらの事例はどちらもリスクを実感として感じていないことを示している。今回「想定外」という言葉が頻繁に使われているが、これは「感じる」意識がなかったことと、想定していなかったならばリスク対策をしなくてもよいという責任逃れの意識を端的に表わしている。
この「感じる」ということは単に個人が感じるだけではマネジメントにおける「感じる」にはならない。組織が感じなければ駄目である。組織が感じて初めてそれはリスクとして認知され、リスクマネジメントの対象になる。今回の事故においても個人的には東電社員の中で感じていた人がいたとも聞いている。しかし上司からそれはコストが掛かりすぎるといわれ、そのままになってしまった。それでは組織が「感じる」とは何か。それは組織のトップが感じるかどうかである。組織のトップが感じれば物事は動く。
マネジメントにおける最大のリスクは、リスクについて全く考慮しないことと、リスクがありそうだと曖昧に感知しながらそれを放置して何ら対策を打たないことである。これを「管理の放棄リスク」という。
最後に付け加えると、感じるための最善の手段は現場に立ち会うこと、現物を見ることである。中間情報で判断すると本当に「感じる」よりも疑心暗鬼になったり、安易な判断に陥ることになる。 |