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「エンタテイメント論」(36)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :3月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要

15 TV放送とTV放送産業の実態
●日本レコード大賞の歴代の受賞者
 日本レコード大賞()は、優れた歌手と素晴らし楽曲の両方を具備した場合に与えられるポピュラー音楽界での最高の栄誉賞である。
 日本レコード大賞の詳細:  リンクはこちら

 第1回レコード大賞は、1959年、水原 弘(黒い花びら)に与えられた。それ以降の主な受賞1は、第7回・1965年、美空ひばり(柔)、第15回・1973年、五木ひろし(夜空)、第16回・1974年、森 進一(襟裳岬)、第24回・1982年、細川たかし(北酒場)、第25回・1983年、細川たかし(矢切の渡し)などである。いずれも日本のポピュラー音楽史に名を残した歌手であり、現在も活躍中の実力歌手である。またその受賞時、老若男女を問わず、日本中の殆どの人が彼らを知っており、多くの人がその歌を唄った。

 その後、2年連続又は3年連続でレコード大賞を受賞した歌手と楽曲は、第38回・1996年、安室奈美恵(Don't wanna cry)、第39回・1997年、安室奈美恵(Can you cerebrate ?) 第50回・2008年、Exile (Ti Amo) 、第51回・2009年 Exile (Someday)、第52回・2010年、Exile (I wish for you)である。しかしその受賞時、老若男女を問わず、日本中の殆どの人が彼らを知っている訳ではなく、多くの人がその歌を唄ったこともないという奇妙な現象が起こっている。

 筆者は、本連載(#21)で「横の音楽」と「縦の音楽」という奇妙な表現で日本の音楽の聴かれ方や唄われ方を定義した。「横の音楽」とは、茶の間のTVに登場する歌手を家族みんなが見ながら一緒に唄うとか、歌声喫茶の様な「場」で知らない者同士が仲良く唄う様な「社会的、水平的な広がり」を持った楽しみ方をする音楽形態をいう。

 「縦の音楽」とは、個人が好みの歌手とその音楽を選択し、それらを発生源から個人専用のTV、PC、各種デバイスを経由して垂直的に伝達された情報やそれらの記録メディアの情報を、個人的に観て、聴いて、唄う様な楽しみ方をする音楽形態をいう。従ってその楽しみの場に於いては他者との共鳴、共感、共同などというものが主として存在しない。

   日本レコード大賞の連続受賞者とその歌を誰もが知っている訳ではなく、多くの人が唄っている訳ではない理由は、人気の度合いよりも、縦の音楽、言い換えれば「個化した音楽」の楽しまれ方に起因しているのではないか。

 「個化した音楽」、「個化した楽しみ方」、「個化した遊び方」は、内観的、内省的、そして孤独さを伴う。一方エンタテイメントは、本来、他者との交流を通じて、刺激し合い、喜び合い、笑い合い、時に慰め合い、泣き合うことを意味する。他者との交流が極めて乏しく、孤独な個化の場で生きる人は、やり甲斐、生き甲斐、そして幸せを得る機会を著しく失うのではないか。

 現在の日本の多くの分野と階層に於いて漂う「無気力」や「暗さ」は、長引く不況や厳しい社会情勢などに起因することが多いだろう。しかしそれと共に「個化が生み出した孤独感」も強く影響している様に思えてならない。

 多くの人々が集い、手を握り合って、唄って、踊って、楽しめる「新しいライブ・エンタテイメント空間」を創り出すことは、「孤独感」を払拭し、「共創」と「幸福」を得る機会を創ることに繋がり、社会的、国家的な使命を果たすことになるのではないか。日本の国、大学、企業、そして多くの国民が「遊び」と「エンタテイメント」の重要性と必要性を一日も早く、正しく認識して欲しいものである。

●韓国のポピュラー音楽業界
 さてEXILE()の歌と踊りをYou Tubeで視聴し、EXILEの歌唱力、ダンス力、表現力、ビート力などを評価して欲しい。
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 前号で紹介した「少女時代」の歌と踊りと「EXILE」のそれを比較するのも一興であろう。なおEXILEは、特定の人物が唄い、踊りが得意な他の人物がその歌を支えて踊る。一方少女時代は全員が等しく唄って、踊る点で両者は大きく異なる。

 韓国から昨年、日本デビューを果たしたのは、「少女時代」だけではない。「KARA()」という歌と踊りをする女性グループも日本デビューを果たした。日本のポピュラー音楽界に2つのグループが同時期に出現したのは偶然ではない様である。You Tubeで視聴して欲しい。

 「少女時代」も、「KARA」も、日本デビュー時点で、歌と踊りの基本を一応マスターしている様だ。しかもメンバーに外国語に堪能な人物が存在する様に仕組まれている。彼女達は、プロ・デビューするために1日最低5時間の厳しい歌や踊りの訓練を5~7年間続けている。また英語、日本語、中国語などをマスターするための厳しい訓練も同時に受けている。まさにグローバル市場を最初から意識した中・長期戦略が彼女達を支えるプロダクション会社で実行されていることが分かる。

 歌の訓練も、踊りの訓練も中途半端にも拘わらず、話題作りや宣伝先行で歌手や歌と踊りのグループを音楽市場にデビューさせる日本のプロダクション会社の短期戦略は、以前はともかく、今後は機能しなくなるのではないか。何故なら多くの日本人がYou Tubeに代表されるPC番組、PC情報を基にアジアや世界の音楽情報を瞬時に、時に無料で、享受する様になっているからである。
2010年3月 赤坂BLITZのショーケースでデビューした韓国の「KARA」
出典: KARA KARAの公式ホームページ
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●クール・ジャパン
 「少女時代」や「KARA」のパフォーマンスをYou Tubeで視聴すれば分かる通り、彼女達は、全員が唄い、全員が等しく踊る。そして一人一人が歌と踊りをかなりのレベルでマスターし、自信に満ちた表情でしっかりと唄い、踊っている。一方EXILEは、特定の人物がフロント・ラインで唄い、他の人物が歌手を支える様に踊る方式を採っている。どちらの方法が観客に与える迫力があるかは、自ずと明らかであろう。彼女達が韓国で絶大な人気を博し、数々の賞を獲得する一方、アジア圏で広く活躍しているのは「なるほど」と頷けるであろう。

 さて日本のアニメ、マンガなどがアジア諸国だけでなく、欧米諸国に於いても高く評価され、「Cool Japan」という表現を生んだ。最近、日本の経済産業省は、その評価を基に「クール・ジャパン戦略」を立ち上げた。そして各国でそれらに関する新事業を2011年度から本格的に展開をすることを決めた。

 その戦略の中身は、酒類や食品の期間限定のアンテナ・ショップを各国に設置すること、クリエーターや中小企業の製品輸出を支援することなどである。しかしはっきり言って「遅過ぎた戦略」であり、「中途半端な戦略」であることが分かる。

 アニメやマンガだけでなく、J-Popsも「Cool Japan」として評価され、一時期アジアで凄い人気を博した。しかし現在、その勢いかなり弱まった。その原因は、韓国のK-Popsや中国のC-Popsなどが年々勢いを増し、アジア市場で広まってきたからである。「少女時代」や「KARA」が日本上陸作戦を敢行したのはその象徴である。そして早くも日本のフアンに受け入れられている。一方EXILEは、日本のフアンに受けても、アジアのフアンにどれほど受けているだろうか。ハッキリ言ってJ-Popsに関しては、「クール・ジャパン」ではなくなりつつある。そのことは専門家筋が指摘しなくても、You Tubeを視聴した読者なら分かるであろう。

 もし日本レコード大賞の審査員が「少女時代」を最優秀新人賞に選んでおれば、日本のポップス業界に大きい衝撃を与え、停滞した日本の音楽界を奮い立たせる契機になったのではないか。残念であり、悔やまれる。一方韓国の音楽プロダクション、音楽評論家、そして音楽を国家戦略に組み込んだ韓国政府は、日本のレコード大賞の審査結果をどの様に評価したであろうか。もしかしてその存在意義さえ認めていないかもしれない。

●日本のポピュラー音楽業界への期待
 日本には日本レコード大賞の他に、日本アカデミー賞がある。いずれも米国のアカデミー賞(1929年創設)やグラミー大賞(1958年創設)をモデルにして創設された賞である。

 さて本家のアカデミー賞やグラミー賞の部門賞や専門賞に於いて連続受賞者は存在する。また全部門や全専門を超えた最高位の大賞に於いて別の年で複数受賞した人物は存在するが、3年間連続して受賞した人物は存在しない。何故なら物凄い卓越した実力、3年間の超連続ヒット、誰もが認める高い社会的評価などを同時に具備するという厳しい審査基準があるからだろう。
出典:2011年アカデミー賞授与式 映画芸術科学アカデミーのHP
出典:2011年アカデミー賞授与式 映画芸術科学アカデミーのHP

出典:2011年グラミー賞授与式 マイコミ・ジャーナルのHP
出典:2011年グラミー賞授与式 マイコミ・ジャーナルのHP

 一方グラミー賞を参考としたはずの日本のレコード大賞の組織と審査が何故、もっと適切に運営され、より厳格に審査されなかったのか。何故、「受賞対象者無し」という厳しい決定がなされなかったのか。何故、日本のレコード大賞の価値をより高め、日本のポピュラー音楽界の更なる発展に貢献しようとしなかったのか。残念で悔やまれる。

 韓国は、国、大学、企業、そして国民がこぞって国威の向上、経済の更なる発展、人材の育成などに果敢に取り組んでいる。特に人材育成は、科学分野、技術分野、ハード&ソフト産業分野だけでなく、エンタテイメント産業分野にも力を入れている。

 日本のポピュラー音楽業界をリードする経営者に強く期待することがある。それは、「クール・ジャパン」の評価に甘えず、「少女時代」や「KARA」の日本上陸に対抗して、アジア諸国への再上陸を果たすことである。そして過去の日本のポピュラー音楽業界の先人達の誰もが成し得なかった世界の音楽市場への進出を実現することである。その理由は、韓国や中国のポピュラー音楽業界の経営者達がアジア基準は勿論のこと、世界基準を十分に満たす、歌と踊りができる人材を必死で発掘し、本気で育成し、世界進出の機会を虎視眈々と狙っているからである。
つづく
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