例会部会
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PMAJ 145回例会 2010年12月17日
「事例に見るコミュニケーションリスク」〜障害事例から学ぶ〜 講演者 岡崎博之氏

増澤 一英 [プロフィール] :2月号

2010年最後の例会は特徴的だった。今年丁度訪れた寒波の中50人を超える参加者があったこと。そして、例会テーマは岡崎氏がPMAJ会員として日ごろ研究しているリスク管理の1つである。岡崎氏は例会の運営委員(KP)でもある。PMAJ例会は会員同士がPMのSkill &  Knowledgeを相互に研鑽していく場として1996年に発足したものだ。今回はその発足趣旨に返っての講演と言える。

【コミュニケーションリスクとは】
それでは、岡崎氏が研究成果を発表された例会の内容をご紹介する。
先ず、岡崎氏自身がコミュニケーションリスクを注視するに至った経過が紹介された。
いろいろなプロジェクトでリスク管理がされているが必ずしも成功につながっていない。一方、過去の事故や障害の報告からは、リスク管理を行っていても障害や事故が発生している事例が多々ある。そのような事例を見ていくと、リスク管理の中でコミュニケーションが大きな割合を占めているのが見える。このようなきっかけから、コミュニケーションのマネジメントを分析した。

今回は、いくつかの障害事例の中から「J社障害」と「A社障害」を比較して解析した内容が紹介された。いずれも改札システムや搭乗システムに夜間に障害が発生した事例である。しかし、翌朝の乗客の混乱度合いには雲泥の差が発生した。2〜3年前に起きた障害であるが、会場の参加者の中では、殆どの方が記憶になかったようだ。通勤の関係からか、「J社」の障害発生を知っている方は何人かいた。「J社」ではすべての改札機を開放してまったく混乱はなかった。障害に気付かなかった利用者も多かったであろう。逆に「A社」では搭乗手続きが事実上停止してしまったため、翌日も含めて7万人の利用者に影響が出た。
実際の両社の損害度合いは不明だが、利用者優先という公共機関の使命を考えた場合、この結果は両社の信頼性において致命的な違いになった。この違いにコミュニケーションがどのように関っていたのであろうか。

【コミュニケーションの成立過程】
発生時間、原因となったシステム障害の内容、などが同じでないため対応は違う。また、利用者に直接影響した末端の改札システムと搭乗システムは同じものでもないので、両者の事例を定量化することにはあまり意味がない。しかし、このような前提でも問題解決の過程は共通であり、そこにどのようにコミュニケーションが関係しているかを解析することは重要である。岡崎氏は問題解決の行動におけるコミュニケーション成立過程を、障害発生連絡、緊急時対応申請、現場への指示の3過程に分けて定義し、さらに、夫々の過程でのコミュニケーションの成立条件を「検知行動」、「認知行動」、「解決行動」から判断する。「J社」のケースと「A社」のケースで比較解析した結果は以下の通りである。

障害発生連絡の過程のコミュニケーションの成立条件は、障害復旧要請が成立していたか否かである。事例の解析なので結果論である。「J社」では、認知行動において適切な障害事象の判断が行われコミュニケーションが成立したのに対して、「A社」では事象の判断が的確ではなく、結果的にコミュニケーションが成立していない。
緊急事態の対応申請の過程のコミュニケーションの成立条件は、経営層との対処計画の合意が成立していたか否かである。この過程では、両社ともにコミュニケーションが成立していたと判断できる。しかし、「J社」では、既定の緊急対応計画に沿ってコミュニケーションが成立したのに対して、「A社」では暫定対応策に沿ったものであり、対応策の的確性は依然議論されておらず、表面的なコミュニケーションの成立と言える。
最後の、現場への指示の過程のコミュニケーションの成立条件は、緊急時対応策の指示が成立していたか否かである。両社ともにコミュニケーションが成立していたと判断できる。しかし、全社的な緊急対応計画に沿った「J社」の方が対応処置への以降はスムーズに行われたに違いない。

話が前後するが、障害の原因は、「J社」では自動改札機への配信データの不備、「A社」では端末暗号化の認証期限切れ、という質も難易度も違うものである。参加者、読者の方々は両社の顛末をどう考えられたであろうか。

【組織力の強化と高信頼性組織(HRO)】
後半は、この事例から学ぶ、組織力の強化と、「高信頼性組織(HRO)」のテーマで話が進んだ。組織の場を作ることが鍵である。
「高信頼性組織」については、読者の中に知見の深い方がいらっしゃるであろうが、強いて口を挟ませていただくと、組織力の強化も、「高信頼性組織」も、個人の行動特性を理解して個人の主体性を高める。個人の特性と組織の特性の違いを理解し、組織力に反映する。日ごろの信頼関係構築により成しえるこれらの基本は、まさに、濃厚なコミュニケーションスキルの向上を志向することを意味する。

以下に例会の参加者の1人として、その立場での考察を記載させていただく。岡崎氏の議論そのものではないかもしれないので、その点、ご考慮いただきたい。

岡崎氏が紹介されたような「J社」、「A社」議論の中から考えられる課題は、コミュニケーションのマネジメントの面から2つあると思う。
1つ目は、適切な緊急時の対応計画が全社的に理解され実施可能になっていなければならない。つまり、夫々の対処過程における意思疎通が適切に行えることで、行動指針が透明で信頼性の高い必要がある。これには間違いなく日々の対応努力と訓練が必要である。
2つ目は、緊急時の対応計画から外れた障害が発生した場合、適切な対応に導いていく自浄効果を持った組織でなくてはならない。前述の通り、「A社」での障害の原因は誤った事象の判断である。しかし、このような事象判断に対して、多面的に検証して対処策を最終的に決定するようなコミュニケーション手段がないと対応の信頼性は損なわれる。対応申請の過程でのコミュニケーションスキルを改善する必要があったのではないか。

岡崎氏は最初と最後に、
自信を持ってメッセージを送り出し、
余裕を持ってメッセージを受け取る、
ということを強調された。リスク管理もコミュニケーションのスキルがなければ落とし穴がいくつか発生するであろう。まさに、私たちがもう一度見直さなければならないものが「Communication Risk Management」であるが、そのためには、個人が、いつでも、このような行動の取れるような組織風土の醸成が不可欠である。


最後に、今回は、冒頭でも述べたとおり、例会は会員の相互研鑽の場であることを旨とすると考え、いくらか口はばったい考察を加えさせていただいた。筆者が至らぬコメントをしていたらお詫びいたします。そして何よりも、例会の場で貴重な発表をしていただいた岡崎様に深く感謝いたします。

岡崎氏のコミュニケーションリスクの解析報告は、PMAJジャーナル38号にも掲載されており、今回の講演で触れられなかった事例も紹介されていて興味深い。そちらも是非ご一読いただきたい。
また、例会同様に、PMAJ新春セミナー(1月29日)、PMAJ IT-SIG特別講座(2月19日)にもぜひお越しください。2011年はPM力の研鑽の年にしましょう。
(以上文責、増澤一英)
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