ダブリンの風(89) 「タッグマッチ」
高根 宏士:12月号
最近の外交の動きを見ていて昔テレビで放映されたプロレスのタッグマッチを思い出した。
タッグマッチとは主にプロレスの世界で行われている勝負の一形式である。タッグとは本来は鬼ごっこのことで、動詞としては、鬼が相手に触れることを意味する。これから転じ、タッグマッチは二人でチームを組み、パートナーと交代するときは自コーナーでタッチをしなければならない。
筆者の若いころテレビで最初に視聴率を上げたのが力道山を主とした日本組とシャープ兄弟等の米国組とのタッグマッチであった。この勝負はほとんどワンパターンの進行であった。日本組では力道山が強かったが、米国組はチームワークがよく、日本組の弱い方を自コーナーに引き込み、タッチを繰り返し、傷め続けた。力道山はタッチが出来ないのでコーナーでイライラしている。最後に我慢できず、ルールを破ってリングに入り込み、パートナーを自コーナーまで引っ張ってきて、そこでタッチし、相手をやっつけるというパターンである。観客や視聴者はそれで溜飲を下げることになる。
最近の外交で感じたことは中国とロシアによる尖閣列島と北方四島問題である。日本とパートナーを組んでいるのは米国であり、相手のチームは中国とロシアである。彼らから見て弱いのは日本である。したがって米国とタッチさせずに日本を自コーナーに引き込み、交代で傷めつければ効果絶大と考えた。ところが、その必要もなく日本は自コーナーから離れ、ふらふらと相手コーナーに近寄って行った。米国にタッチできないことを見すまして、中国は尖閣列島でストレートパンチを入れ、それに日本が何もできずにいるのを見てロシアはすかさず大統領が北京に飛んでタッチし、北方四島でフックを見舞うという展開である。その間日本は米国とタッチができず、またしようという努力も見せず、彼らから打たれっぱなしである。米国は自コーナーから騒いでいるが、それはほとんど効果がない。
現在の米国は力道山ほど強くはないから最後は勝つということができない。プロレスと違って外交では自分のためのシナリオは自分が作らなければならない。日本は一国では自分を守ることさえできないのに、他国の協力を得るための動きもほとんどしていない。相手から見てこれほどの鴨はいないのではなかろうか。
システム開発におけるタッグとしてはSEと営業がある。この間のチームワークがよくタッチが絶妙ならば、実力以上のシステム開発も成功に持っていくことができるだろうが、タッチがうまくいかないとプロジェクトは失敗に陥る可能性が大きくなる。
悪い例としてはSEが独善的に顧客と対応し、怒らせてしまい、営業がタッチしようとしてもその意図が汲み取れず、一人で、相手コーナーで暴れまわり挙句の果ては相手チームに押さえつけられるという例である。また逆にSEがグロッキーになってタッチしてきても営業が逃げてしまうという例がある。営業が相手と組み合うのを怖がっているときに起こる例である。
タッグがうまくいった例として次のようなものがある。あるプラントのシステム開発プロジェクトでの営業とSEの連携である。当初このプロジェクトを受注するときに見積りで営業とSEの意見が合わず、口も利かない仲になってしまった。ところが受注後SEが顧客との対応で成果を挙げ、顧客に信頼を勝ち得た時、営業はそれまでの経緯にこだわらず、そのSEを全面的に支援するようになった。あるとき顧客から提示された機能の中でどうしてもできないものがあった。SEは主な顧客の一人一人を尋ね、その機能を外してくれるよう頼み、了解をとった。ところが公式の会議で提案したら、それに賛意を示すものは誰もいなかった。出席者は事前に根回しをしたメンバーなので、反対を唱える者もいなかった。会議の直後に出席者の一人から上司が反対だということを聞きつけた。営業にそのことを言うとその上司に会いに行こうといわれた。すでに夕方6時を過ぎており、上司の方は帰宅しているので、当然翌日とSEは思っていた。営業はすぐ自宅に伺うべきということで、直ちに上司の方の自宅の場所を調べ、自家用車にSEを乗せて向かった。上司の方は晩酌をしていたが、SEから事情を聴き、その場でOKを出してくれた。その方が次の日に部下からベンダーの提案を聴いていたら大きな問題になっていたかもしれない。SEには上司、部下、ベンダーSE、その他ステークホルダーの関係とタイミングについて認識が甘かったが、営業が見事にそれを補完し、事なきを得た。プロジェクトは成功した。
タッグマッチ(プロジェクト)ではチームの二人(例えば営業とSE)の個々の実力と同程度以上にタイミングよくタッチできるかどうかがプロジェクト成功の鍵になる。
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