例会部会
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「第142回例会」報告

PMAJ例会部会 岡崎 博之 [プロフィール] :11月号

 夏の暑さが去って一気に涼しくなった今日この頃。日頃プロジェクトマネジメントに従事されている皆様、いかがお過ごしでしょうか。
 今回は、9月22日に開催された第142回例会についてご報告します。

【データ】
 開催日時:2010年9月22日(水) 19:00〜20:30
 テーマ:「BABOK活用による超上流アプローチ」
 講師:IIL Japan株式会社 久保山祐児氏

 はじめに、講師のご紹介をさせていただきます。今回の例会にご登壇いただいた久保山祐児氏(以下、「講師」と表現)は、建設業で25年の経験を積まれ一級土木施工管理士の資格を有しておられます。2009年の9月頃からBABOK Ver.1.6 の翻訳に当たられてきました。

本講演ではビジネスアナリストの役割とプロジェクトにおけるビジネスアナリストの立ち位置が紹介されました。
講演は 1. PMとBAの違い 2. BAの業務 3. BABOKの知識エリア概要 4. プロジェクトにおけるBA についてお話いただきました。(なお本文における番号体系はは講演資料とは異なっていることをご了承願います)

1. PMとBAの違い
PMはプロジェクトのライフサイクル(システム設計からシステムテスト・運用テスト)に責任を持つ。
BAはプロジェクトで開発すべきプロダクトのライフサイクル(システムの方向性・プロジェクトのライフサイクル・運用・保守)に責任を持つ。
ここでプロダクトはステークホルダーが "望む状態" を実現するものである。

2. BAの業務
ビジネスアナリストは "現在の状態(AS IS)"における課題の 『引き出しと分析』を行い、そこから "望まれる状態(TO BE)"に至る橋をかけるために 『コミュニケート(ファシリテート)と妥当性確認』 という一連の行動を行う。

ビジネスアナリストの業務における主要対象は、a) プロダクト b) ユーザ c) 顧客(ステークホルダー)であり、
a) プロダクトを実現するために行う主要業務は ファシリテーション、引き出し、分析、妥当性評価、文書化、プロダクトスコープの管理である。
b) ユーザに対する主要業務は、ユーザビリティ(使い勝手)、対立する要求の管理、トレーニング、ユーザ文書である。
c) 顧客(ステークホルダー)への主要な業務は、顧客側の立場からプロジェクトに参画して、(1) ユーザの期待とニーズに関してPMと上級ステークスホルダー(経営層)との直接コミュニケーションをとる、(2) プロジェクトチームとユーザとの間の連結役となる、(3) 体系だった変更をすることである。

3. BABOK知識エリア概要
BABOKは8つの知識エリアから構成されている。
3-1. ビジネスアナリシスの計画とモニタリング(BAP&M)
BAP&MはPMBOKにおける統合マネジメントに相当する。
この知識エリアでは次の6項目について計画およびモニタリングする。
(1) ビジネスアナリシスへのアプローチを計画する (2) ステークホルダーの分析を主導する (3) ビジネスアナリシスのアクティビティを計画する (4) ビジネスアナリシスのコミュニケーションを計画する (5) 要求マネジメントプロセスを計画する (6) ビジネスアナリシスのパフォーマンスをマネジメントする。

3-2. 引き出し
引き出しは、『隠れているものを引き出す・誘い出す・外に出す・呼び出す・抜き出す』で、答えを(明確な形で)持っていない人から引き出すということを意味する。BABOKでは多くの技法(ブレーンストーミング、インタビュー、プロトタイプなど)についてキーワードだけを紹介している。利用する場合は、ネットで検索するなどして使えるようにする必要がある。
引き出しのプロセスは、(1) 準備 (2) 実施 (3) 文書化(ここでアナリシスを行う) (4) 確認(確認とフォローアップ)

3-3. 要求のマネジメントとコミュニケーション
タスクは (1) ソリューションスコープと要求をマネジメント (2) 要求のトレーサビリティをマネジメント (3) 再利用に備えて要求を保守 (4) 要求パッケージを準備 (5) 要求を伝達
ここでの注意事項は 要求の伝達において 言葉だけでは伝えきれない危険性があること。
プロジェクトにおいて要求を適切にマネジメントしコミュニケーションを図ることで、(1) 共通の理解 (2) 適切な要求を決定する能力の獲得 (3) 変革の効果を理解の促進 (4) リソースとツールの協調 (5) 再使用可能な知識の獲得 を可能とする。

3-4. エンタープライズアナリシス
エンタープライズ アナリシス は 『企業分析』 ではなく、エンタープライズは広い意味での組織である(一企業内ではない場合もあるため)。
アナリシスは日本語の分析という言葉にすると限定的にとらえられる恐れがあるため、アナリシスそのままで用いる。
そしてエンタープライズアナリシスは 単一プロジェクトの視点ではなく、プログラムの視点・ポートフォリオの視点から実施するものである。
ここでのアクティビティは (1) ビジネスニーズの定義 (2) 能力ギャップのアセスメント (3) ソリューションアプローチの決定 (4) ソリューションスコープの定義 (5) ビジネスケースの定義

3-5. 要求アナリシス
要求アナリシスのタスクは (1) 要求の優先順位付け (2) 要求の体系化 (3) 要求の仕様化とモデリング (4) 前提条件と制約条件の定義(ビジネス上の条件と技術上の条件) (5) 要求の検証(品質標準を満たしている) (6) 要求の妥当性確認

3-6. ソリューションのアセスメントと妥当性確認
このタスクは (1)設計タスク (2) テストタスク (3) 実装後タスク

3-7. 基礎コンピテンシ
BAに求められるコンピテンシは (1) 分析的思考と問題解決(創造的思考など) (2) 行動特性(倫理性など) (3) ビジネスの知識 (4) コミュニケーション(情報伝達)のスキル (5) 人間関係のスキル (6) ソフトウェアアプリケーションの活用

3-8. テクニック
BAが使うテクニックには、ブレーンストーミング、文書分析、フォーカス・グループ、インタフェース分析、インタビュー、ジョブシャドーイング、調査(質問)などがある。

4. プロジェクトにおけるBA
4-1. ビジネスアナリストは、『プロジェクトが開始される前に、課題が正しく定義でき、また実行可能なソリューションを得られるように適切な質問をする』 ことによってプロジェクトを支援する。(間違った課題が定義されると、プロジェクトは成功しないためである)

4-2. プロジェクト立ち上げにおいてビジネスアナリストは、『ステークホルダーのビジョンと目的』 と 『プロダクトスコープ』についてプロジェクトマネージャーとコミュニケーションをとります。これによりプロジェクトマネジャーは計画プロセスを開始できる。

4-3. プロジェクト計画期間においてビジネスアナリストは上流における情報のスペシャリストとしてPMを支援し要求を完全なものに結実する。
早期に要求が完全なものすることによって、後工程において増大するエラー修正のコストを不用にする効果がある。

4-4. プロジェクト遂行中においてビジネスアナリストは要求変更依頼に対してプロダクトスコープとトレーサビリティを管理します。これがPMのプロジェクトスコープの管理を支援する。
ここでいうトレーサビリティとはプロダクトがビジネスニーズに適合していることを示すものです。経営戦略に近いハイレベルなプロダクト記述書に記述された内容が変更要求によって影響が及ぼされるかどうかを判定することが、トレーサビリティの管理となる。この管理を通じてビジネスアナリストはステークホルダーの期待を管理することになる。

4-5. 設計においてビジネスアナリストは、(1) 現場・ユーザとコンタクトを継続してビジネスの変化を要求と設計に取り込む (2) 設計チームに対していくつかのエリアで設計チームを支援する (3) ステークホルダーに対して 要求を更新と影響について伝える。

4-6. 作成/テストにおいてビジネスアナリストは、(1) 作成/単体テストでユーザーと開発グループ間のコミュニケーションを図り (2) システム統合テストで顧客の立場で全ての要求を確認 (3) 受入テストで顧客満足を確実なものとするためテスト工程を指導する。

4-7. 移行/実装においてビジネスアナリストは (1) 受入れ準備として適切なテスト・トレーニングを実施することにより、ユーザが驚かないようにする (2) 課題が解決されていることを検証として実際のビジネス環境でのプロダクトの動きを観察し、追加の課題/機会を探す。

感想と編集後記
BAは財務上の成果に関してどこまで責任を負うかについて質問があり、『財務上の評価は企業の財務担当者が投資効果として評価するので、詳細な収支までを考慮することはありません』 との回答がありました。
懇親会での話題で、『BAは独立した会社としては存在できない。米国でも一時、BA専門の会社が設立されたが今ではない。BAはITを利用する企業の役員の一歩手前の人材が適しているのではないか。』 との話が聞けました。
また、BAとして重要な資質は1番目が 『コミュニケーション能力』 で2番目が 『アナリシス能力』 であるとの話も重要なことだと思いました。

これまで見聞してきた情報においてBABOKは上流における要件定義だけを行うものといった認識をしていました。本例会でのお話において、『BAはプロダクトに責任を持ちます』という一言でBAの位置づけが分かりました。ご講演ありがとうございました。
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