PMプロの知恵コーナー
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ダブリンの風(86) 「彷徨えるプロジェクト」

高根 宏士:9月号

 大阪に本社のある中堅SIベンダーで最近起こった話である。この会社は少し前まで独善的な恐怖政治を行うトップが経営していた。そこではトップの意向に逆らうと成果を上げられるかどうか、顧客や部下から人望があるかどうかも関係なく左遷、降格、窓際に追いやられるのが常であった。そしてトップの云うことを聞いていればとにかく当面の自己保身は全うできた。ある中間層の部下がトップの間違いを指摘して意見を言うと、トップからその中間層に昇進を餌に、その部下を左遷するように言われた。中間層はその通り部下を左遷し、役員にまで昇進した。現在は東京支社長である。さすがにこのような風潮ではビジネスがうまくいくはずはなかった。全社でプロジェクト崩れが頻発するようになった。そしてトップの交代となった。新しいトップは外部から招請された。新しいトップは立て直しのために見識とバイタリティとユーザ側の視点で物事を見られるとの定評あるSEをシステム開発部門長に据えた。彼は前のトップの時に意見を言って2階級降格され、なおかつ地方の小さな支店に左遷されていた。
 その彼が全社のシステム開発プロジェクトを統括してみることになった。彼は先ず、全社で動いているプロジェクトのステータスを把握し、次に重要プロジェクトの抽出とそのウォッチをするために「全社重要プロジェクト会議」を定期的に開催し、全社でそれらのプロジェクトについての実態を共通認識し、必要な場合は直ちに支援体制を作るように考えていた。これにより中部支社等はある程度の成果が上がり始めてきた。しかしプロジェクト崩れが最も多い東京支社の改善は現在のところ軌道に乗っているとはいえない。
 先日東京支社で「重要」と指定されたプロジェクトについて定例の重要プロジェクト会議をすることになった。当日、本社から彼と彼のスタッフが東京支社に出張してきた。ところがそこで東京支社から、関係者が顧客に緊急で呼ばれ会議に出られないので、延期してほしいと云われた。言われたのは開催時刻に近かった。しかもそのプロジェクト関係の営業もSEも顧客のほうに出かけており、彼らは関係者のだれにも会えなかった。
 顧客側に震度7レベルの大問題が発生したのならば仕方がないが、確認してみたら、これからの作業について確認したいことがあると云うことで、その日に緊急に関係者全員であわてていく必要性はないものだった。次の日とか、少なくとも重要プロジェクト会議が終了してからいっても問題はなかった。また全員が行かなければならないというものでもなかった。
 東京支社のこの動きを見ると、重要プロジェクト会議を開くまでもなく、プロジェクトの実態は明白である。この現象から認識できることは、ある仕様が確定しないとか、ある作業の進捗が遅れているとかいう問題以前のところに問題があるということである。それは東京支社のプロジェクト関係者の主体性のなさである。顧客に呼ばれたら、内容の重要度や緊急度も考えず、本社と約束した会議をすっぽかし、やみくもに顧客のところに出かける。そこにはプロジェクトをどのように推進していくかという主体的な考えがない。日々発生するバブル的事象に対してモグラたたきをやっているだけである。しかも人間的エチケットもない。どうして会議中止の要請を本社のメンバが出発する前に言ってこなかったのか。出発した後で、どうしてもそれが無理ならば顧客対応する者と会議をフォローする者に分けて分担するということができなかったのだろうか。
 東京支社の主体性のない風土はシルクロードの砂漠のようなものである。そこに迷い込んだプロジェクトは「彷徨える湖」ならぬ「彷徨えるプロジェクト」として周りから支援しようにも所在を確認できなくなってしまうだろう。そして東京支社の関係者は毎日おろおろしながら、不安を紛らわせるために実質有効にならない作業に時間と神経をすり減らすことになるであろう。
 ここで取り上げたことは現在進行形である。このような東京支社の風土を本当に改善できるのか。システム開発部門長になった彼がこれからどんな手を打つか非常に興味あるところである。

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