リレー随想
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プロジェクトマネジメントにおける個の力と組織の力

株式会社IHI プラントセクター 萩原 和弥: [プロフィール] :9月号

 製造業が中心の当社にあってやや毛色の違うプラントエンジニアリングを担当する事業部門で30年以上にわたり海外・国内の様々なプラントの設計から建設・試運転までを一括して取り纏めるいわゆるEPCプロジェクトに携わってきました。
 最近ではP2Mに代表されるように世界的にプロジェクトマネジメントの体系化が進み、標準的な知識体系や考え方がIT業界を始め広く様々な分野に普及・浸透してきたことはまことに喜ばしい限りです。かつてエンジニアリング業界と言えばプロジェクトマネジメントの代表選手でしたが、その黎明期に欧米のエンジニアリング会社を手本にプロジェクトマネジメントについて各社それぞれ手探りで学んできたという諸先輩の苦労話しを思い起こすと一層感慨深いものがあります。

 今世の中で一口にプロジェクトといっても、短期間に数名で実行する比較的小さなものから、多人数の専任チームを組織して何年もかけて実行する複雑かつ大規模なものまで様々ですが、マネジメントにおける重要ポイントは適用分野や実施形態・規模などによってもかなり異なるように思います。プラントEPCプロジェクトは目標達成に向けて多様なリスク環境の中を多くのステークホルダーを長期にわたってマネジメントしてゆくと言う意味で後者の典型例ですが、そのようなプロジェクトでプロジェクトマネージャ(PM)の能力が重要なのは言うまでもありません。しかし逆に言うといくら優秀なPMがいてもそれだけではプロジェクトは立ち行きません。むしろ母体組織のなかでプロジェクトマネジメントがきちんとシステム化され、構成員がその基本を正しく理解し、それが組織文化になっている、そうした組織全体のプロジェクト遂行能力、つまりは組織の力が非常に重要なポイントになります。そのようなプロジェクトでPMにまず期待されるのは、担当プロジェクト特有の課題に最も適した遂行方針を明示しチームを方向付けてゆくこと、例えてみるとサッカーなどのナショナルチームの監督に似た役割かもしれません。

 一方、最近ではグローバル化が進展し、一社のみでプロジェクトを担当するのではなく、国際的なコンソーシャムやジョイントベンチャー(JV)といったより複雑な枠組みの中でプロジェクトを遂行する機会が多くなってきました。特にJVの場合、それぞれのパートナーから派遣されたメンバーから成る単一の混成チームでプロジェクトを遂行することになるため、自社の組織やシステムの外でプロジェクトを運営せざるを得ないケースも多々でてきます。そこでまず重要になるのは、やはり個人の力です。自社とは異なるマネジメントシステムや文化の中でも、要求された役割の本質を正しく理解し、状況に応じて自ら判断し自己主張も行動もできる・・・そんな自律したプロジェクトエンジニアが益々必要になっています。丁度サッカーで言えば外国のクラブチームや国際選抜チームに参加しても活躍できる選手のようなものでしょうか?

 ちょっと大げさになってしまいましたが、この様なワールドクラスのプロジェクトエンジニアをどのようにすれば効率的に育成できるか?が実は当事業部門における大きな課題でもあるのです。プロジェクトマネジメントの能力は経験に依存する部分が多く、知識体系のみをいくら勉強しても経験不足を補うことはできません。一方、個人が担当プロジェクトから直接経験できる内容は所詮限られている・・・とすると、結局残る方法は「すべてのプロジェクトからの経験、つまり他人のあらゆる経験をも自らの経験として生かすこと」しかありません。これが確実に実行できれば能力向上に有効なことは明らかで昔から多くの組織で「教訓の活用」が図られてきました。しかし、「活用のしかた」を個人に委ねるとなかなか上手く行きません。「過去の失敗事例や問題点を徹底して分析し、そこから本質を学び再発を防止するシステムを業務プロセスにきちんとビルトインすること」は組織のマネジメントとして実施すべきなのです。組織が学習しレベルアップしなければ個人の効果的育成はできません。グローバル化の時代にあってこうした組織の力は今後益々重要になるように思います。
以上
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