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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
〜低コンテキスト文化の良さを取り入れていく力〜

井上 多恵子 [プロフィール] :9月号

 「日本では目で見て(仕事のやり方を)盗む。ここ(タイ)では、意識的に教えていかなければ」タイの部品メーカーに金型の技術を指導しに行った日本人の技術者が、NHKスペシャル「灼熱のアジア」(8月22日放映)の取材班に伝えたメッセージだ。日本人が、言語に頼らない高コンテキスト文化のコミュニケーションスタイルを特徴としてきたことを裏付ける内容だ。そして、この番組は、さらに興味深いことを教えてくれた。「意識的に教える」という考え方で技術指導を行った日本人技術者達に対し、現場のタイ人たちは、100点満点で40点強の低い評価をつけたのだ。一方、日本人にも、自分たちの位置づけがアドバイザーであり、やれることに限界があるという不満があった。最初の技術移転の取り組みは、失敗した。
 次に何が起きたか。日本人の技術者達は、自分たちの位置づけを変えるための組織改革を要望する一方で、自分たちの中で話し合いを重ね、結果を出せないとリストラ対象になりかねないというプレッシャーの元、「一人の従業員として現場に飛び込み、わかるまで繰り返し実演して見せ、留意点も説明しタイ人の質問にも丁寧に答える」というスタイルに変えたのだ。その結果、彼らの職人技の移転が進み、彼らも「久しぶりにモノづくりのいい汗をかいた」と笑顔で話すまでになった。このエピソードが示していること。それは、頭でわかることと、意識レベルにまで落とし行動に移すまでには、かなりのギャップがあるということだ。高コンテキスト文化で育ってきた我々が、低コンテキスト文化の良さも取り入れていく、その実践の難しさを示している。
 同様の事例が、5月10日付日本経済新聞に掲載されている。NTTデータが、「文化の壁を乗り越える試み」として、システム開発を委託している中国などのグループ企業の外国人技術者を対象にした研修を始めたという。研修の際に伝えるのが、「日本語は行間を読まなければならない言語」だということ。言語や文化の違いで日本側の指示通りに開発が進まずシステムの作り直しなどがよくあることを防ぐために、オフショア開発用の発注書に記載されている「必要であれば」「できるだけ早く」「検討します」といった曖昧な指示への対処法を教えている。
 異文化と接し、相手にうまく意思が伝わらない経験を通じて、従来のコミュニケーションスタイルに対する気付きを得、よりわかりやすいコミュニケーションスタイルに変えていく。異文化との接点は、こういったメリットももたらしてくれる。今は日本にいながらにして、異文化との接点を持ちやすい。大学生の知人は、留学生と交流するクラブに所属し、一緒に試合の応援に行ったり、富士山登山をしたりと忙しい毎日を過ごしている。私の会社には、インド・中国・韓国・米国・イギリスの人などがいるし、化学メーカーに勤務する友人の部下の一人は、スリランカ人だ。こういう人の中には、慣れない日本で、不安感や寂しさを持っている人もいる。仮に職場が違っても、気軽に声をかけてみることで、相手が喜んでくれたりする。私もシドニーに赴任した時、日本人駐在員は多くいたので困ることはなかったけれど、まわりのオーストラリア人が声をかけてくれると、とても嬉しかった。今住んでいるマンションでは、エレベーターや共用施設で外国人を見かけたりすると、積極的に話かけ、会話を楽しんでいる。最初は日本語で、そして相手がわからないようなら、英語に切り替えている。P2Mの国際交流部会では、ベトナムで人材育成をしている人、シンガポールに経営の立て直しに行く人、海外の学会で意見を述べている人など、異文化経験が豊富な人たちから参考になる話をたくさん聞ける。
 周囲に外国人がいない環境の場合は、オンラインコミュニティがお薦めだ。私はTwitterとLinked.inでは、外国の方とつながっている。Twitterは大半が売り込みだが、眺めてみると、今の英語表現や人々の考え方を手っ取り早く知ることができる。しかもメディア等の立場で書かれたものではなく、人々の生の声がわかる。Linked.inは、ビジネス上のコミュニティで、レジュメの書き方の参考等になる。Facebookでは、今は日本人のfriendsだけだが、使っている外国人の知人は多いので、この方面も探ってみようと思っている。グローバルに展開されたオンラインコミュニティを活用できるか否かで、得られる知識量や気づきに差が出る。
 先に紹介したNHKの番組のサブタイトルは、「脱日入亜 日本企業の試練」だった。アジアを始めとする世界のさまざまな国でビジネスの基盤を築いていくためには、低コンテキスト文化の良さを取り入れていく力が求められる。今、その境遇に置かれていない企業や個人も、この力をどうやってものにするかを真剣に考え始めたほうが良さそうだ。
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