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「システム思考リスクマネジメント手法 (8)」

河合 一夫 [プロフィール] URL: こちら  Email: こちら :9月号

 先回,リスクシナリオをマップする新たなツールを紹介した.今回は,そのツールを利用したリスク対応の見える化について説明したい.まず,「見える化」とは何かという点である.昨今,さまざまな見える化がメディアを賑わしている.本連載において「見える化」は,関係者間で共通の認識を得るためのコミュニケーションの基盤を作ること,と考えている.決して,データをグラフで表示したり,チームメンバの目に付くところに状況を張り出したりするということだけではない.
 先回説明したように,リスクの評価および対応において,次に示す平面上にリスクシナリオの発生確率と影響度に従ってマップしていく.好機(プラス)と脅威(マイナス)のリスクを同時にマップし,発生確率のプラス側とマイナス側で対応状況を表すのが,このツールの特徴である.

 ここで,先ほどの「見える化」の共通の認識とコミュニケーションの土台という点について説明する.次に示す図は,あるリスクAに関してチーム内で異なった認識がある場合を示している.ここでA1の(発生確率,影響度)は(0.8, -0.8),A2は(0.2, -0.2)という2つの主張がチーム内にあったとする.リスクを定性的に評価する場合,評価者のスキル,経験,リスクに対する感性といった様々な要因によりリスクに対する評価が異なることがある.異なった認識に対してコミュニケーションを重ねることで1つの認識を得ることが重要である.その場合,あるリスクを基準とすることでコミュニケーションが円滑に進み,互いの認識が共有可能となる.ここでは,リスクBはすでに合意されているリスクだとすると,Bが基準リスクとなる.Bを基準としてA1とA2のリスク評価を比較することで,異なった評価に対する違いが認識可能となる.この違いを認識する過程とそこで利用した情報のことを,本連載では「見える化」と呼んでいる.

 このツールを利用したリスク対応およびリスク対応プロセスの評価の例を示す.ここでは,次のシナリオを考える.(図を参照)
(1) リスクが特定され,(発生確率,影響度)が(0.8, -0.2)の脅威と評価される.(①)
(2) 影響度の値0.2は,プロジェクトにとって許容範囲と評価され,対応策は立てず,監視することとした.
(3) ある時期に再度評価をしたところ,影響度が0.6となっていた.(②)
(4) そのため,対応策を検討し,実施した.
(5) リスクの発生確率と影響度は(-0.6, -0.2)となった.これは(0.4, -0.2)と等値であり,対応策に効果があったことを示す.(③)
(6) もし,リスクの発生確率と影響度が(-0.2, -0.6)(④)となった場合,(0.8, -0.6)と等値であり,対策の効果が出ていないことを示している.

 ここでは,リスクの履歴として①→②→③①→②→④の2つの場合を考えた.リスク対応プロセスを評価する場合,複数のリスクの履歴を重ねることで,そのプロセスおよびリスク対応策を評価することが可能となる.例えば,対応策を立てる際に用いている判断基準やプロセスの妥当性である.
 今回は,先回紹介したリスクマップの利用例について説明をした.これまで数回に渡ってシステム思考リスクマネジメント手法で利用される要素の説明をしてきた.システム思考を用いた問題定義やHHMを利用したリスクシナリオの洗い出し,リスクシナリオの記述方法やリスクメタ言語への変換,リスクマップを用いたリスク対応プロセスの評価等である.但し,実際のプロジェクトにおいては,P2M,PMBOKといった知識体系をベースにしたプロジェクトマネジメントやISO31000ベースのリスクマネジメントシステムとともに利用されることを考慮することが必要となる.ここで紹介したシステム思考を利用したリスクマネジメント手法は,セミナーを通じて様々な方からフィードバックを得ている.その結果は,後日報告したい.
 リスクマネジメントは,様々なツール・技法を利用する.そこで,次回からは「リスクマネジメント・ツールボックス」と称して,よく知っているものから,耳にしたことはあるが実際には利用したことがないものまで幅広く紹介したい.
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