PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(29)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :8月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要

15 スポーツとスポーツ産業の実態
●日本のゴルフ競技
 先月号で、マスターズを主催するオーガスタ・ナショナル・カントリー倶楽部メンバー達が観客に感動を与え、交流の場を提供する努力を長年弛まず続けた結果、世界に冠たるメジャー競技に発展させたこと、マスターズのエンタテイメント性、その応援歌の紹介、そして箱根駅伝応援歌の逸話などを論じた。更に同倶楽部メンバー達がその応援歌の果たす効果を正しく認識していたことも述べた。さて翻って日本のゴルフ界は如何なものであろうか。

出典:赤星六郎 日本ゴルフ協会HP  日本には、日本オープン・ゴルフ選手権、日本プロ・ゴルフ選手権、日本女子オープン・ゴルフ選手権、日本女子プロ選手権、そして日本アマチャー選手権、日本女子アマチャー選手権など幾つかのメジャー選手権の競技がある。その中でプロも、アマも出場する最も伝統と権威を誇るものは「日本オープン」である。

 これは1927年に開催され、その記念すべき第1回大会に、アマチュア選手の「赤星六郎」が優勝した。彼は1924年、日本人として初めて海外トーナメントのパインハースト・ゴルフクラブ・スプリング・トーナメントで優勝している。当時の日本のゴルフ界は、アマチャー・ゴルファーがプロを指導する時代であったので現在とは事情が異なる。彼はプリンストン大学に留学した国際人でビジネス・マンであった。ボビー・ジョーンズを彷彿される様な人物である。現在の日本のゴルフ界に彼の様な凄い人物が何故いないのであろう。

 この日本オープンに5回も優勝した人物は、尾崎将司選手ただ一人である。彼は12回の賞金王を獲得した。1996年のダンロップ・フェニックスでプロ通算100勝を達成、現在は113勝である。そして現在も現役のプロ選手である。彼に並ぶ戦績の日本選手は今もいない。マスターズは1973年、日本選手初の8位、全米オープンは1989年、最終日一時首位に並んだ。しかし優勝は出来なかった。

 彼は、若い頃から「生涯の夢はマスターズ優勝」と語ってきた。もし彼がある決断(後述)をして実行しておれば、マスターズに優勝出来たであろう。当時の日本のゴルフ界の指導者は、彼の人気に頼らず、彼のために何故その決断を促さなかったのか。また彼自身が何故決断しなかったか、悔やまれる。

●日本のゴルフ場とグローバル・スタンダード(デファクト・スタンダード)
 世界には数多くのゴルフ競技があり、それを支える数多くのゴルフ場がある。両者を本稿で論じる紙面の余裕はない。そのため既述の通り、象徴的な例として「マスターズ競技」と「オーガスタ・ナショナル・カントリー倶楽部のゴルフ場」を取り上げた。

 日本には霞が関カントリー倶楽部、小金井カントリー倶楽部、名古屋ゴルフ倶楽部(和合)など歴史と伝統を誇るゴルフ場があり、伝統を誇る多くのゴルフ競技がある。しかし選手、観客、主催者&競技運営者などの当事者間に於ける「エンタテイメント性」に問題がある。また筆者は某ゴルフ倶楽部のメンバーであるが、ある重要な問題を同倶楽部側に指摘した。しかし無視された。

 世界中の観客は、マスターズのグリーンが鏡の面の様であることを知っている。選手達は、体を微動させず、ボールを僅かな力で打つ。ボールはスルスルと信じられないほど長い距離を転がり、ホールに吸い込まれる。この微妙なタッチと方向に全神経を集中する姿は、観る者をドキドキさせる。特に優勝が掛かったパットを観る時は、まさに「ドラマ」を見る様な錯覚にとらわれる。この瞬間、選手と観客が一体となる「エンタテイメント空間」が生まれる。
出典:マスターズのHP
出典:マスターズのHP

 この様なグリーンは、マスターズだけの特殊事情でなく、他の米国のゴルフ場で数多く見られる。しかし日本では数少ない。筆者は在米中、様々なゴルフ場でプレーしたが、筆者の様な普通のゴルフ愛好家でも、グリーンに球を落すと簡単にバック・スピンが出る。そのためピンをデッドに狙うショットが可能となり、その醍醐味を味わった。しかしボールが極めてよく転がるため4パットや5パットを頻繁に出した。またフェウエアーでは球が沈み、ラフも厳しくショットに苦しんだ。帰国後、日本のゴルフ場でプレーを再開したが、あまりの違いに戸惑った。日本の狭く、アップダウンの激しいフェアウエー、OBゾーンの多さになどに苦しんだ。米国のゴルフ競技に日本から時々出場する日本人選手は、この競技環境の違いに相当の影響を受けるだろう。彼らは「言い訳」になるためその相違を殆ど口にしない。

 日本の他のスポーツの競技環境は、国際競技基準やグローバル・スタンダードに一致している。しかし日本のゴルフ場は、日本独特のコース設計、グリーン設計、ゴルフ場管理などのためグローバル・スタンダードに一致していない。また不一致でも仕方がないと考えられている様だ。しかしこの違いは、日本の優れた選手が世界で戦って勝てない原因の一つになっている様に思えてならない。

 グローバル時代、「内なる国際化」が日本の様々な分野で実行されている。日本のゴルフ界もゴルフ競技環境を一致のための「内なる国際化」の努力をすべきだ。日本のメジャー競技が実施されるゴルフ場だけでも海外のメジャー競技に近似した競技環境を作ることは出来ないだろうか。それが難しいなら、せめてグリーンだけでも一致させられないか。

●日本と中国に於ける本格的国際試合
 以上の様に主張すると、「日本と外国は、天候も、自然環境も全く違う」、「海外の芝生は日本で使えない」、「海外に追従し、合致させる必要はない。日本方式で十分」などの反論が出てくる。しかし芝生に関しては、植物の品種改良の技術が飛躍的に進んでいるので、海外の芝生に近い芝生を作ることは十分に可能である。また以下の「事実」を伝えたい。

 中国のSheshan International Golf C.C.は、最近、欧州PGFツアー・HSBCチャンピオンズを開催した。ミケルソン、スタッドラー、フィッシャーなどの超一流選手が参加した。中国は世界的国際試合に耐える本物のゴルフ・コースと運営体制を用意していたのである。

 一方日本では海外有名選手を招待する個別競技は行われてきたが、世界の強豪選手が一同に参加する「本格的国際トーナメント」は、筆者の記憶の限り、開催されていない。日本に本格的国際トーナメントが可能なゴルフ場や運営体制が無いためだろうか。長い不況で金がないためだろうか。

 日本の大手企業やそれに追従する中小企業は、「景気が悪い」、「金がない」などの理由で過去20年間、現状に軸足を置き、リストラと業務改善のみに終始し、輸出に頼ってきた。彼らは「夢の経営戦略」の実現を目指すことも、そのための大胆な設備投資も全くしなかた。その結果、世界を席巻する新商品も、新製品も、新事業も全く生まれなかった。日本は、20年前、世界第1位の国際競争力を誇ったが、現在は第27位である。

 日本は、「今のままで」推移すると、世界からどんどん相手にされなくなるだろう。今までは「金持ち日本」とチヤホヤされてきた。しかし「貧乏な日本」になれば、どの国も離れていく。核兵器を持たない「丸腰(ガン・ベルトをしないことコト=真の自衛力の欠如)」の日本が今まで世界との外交政策や外交交渉で優位な立場を維持できたのは、一重に「日本の経済力」と「金の力」があったからである。

 日本のゴルフ界が「本気と本音」で取り組み、あらゆる工夫をすれば、世界の強豪選手を一同に集める「本格的国際競技」を、事業性を確保して、実現させることが出来たはず。もしこの競技が実現すれば、日本に居ながら世界の強豪選手の戦いを観られるという素晴らしい「エンタテイメント」を多くの日本人に与える。また日本の選手にとっても素晴らしい競技チャンスとなる。

 日本のゴルフ界は、「井の中の蛙、大海を知らず」だったのか、「知っていても何もしなかった」のか、「ガラパゴス現象」の中で安住してきた様だ。そして尾崎将司選手や青木 功選手などの優れたゴルフ選手の功績を讃えるだけで、彼らの個人的な努力に頼ってきた様だ。

●石川 遼選手と宮里 藍選手
 石川 遼選手は、全米オープンで予選通過を果たした。しかし筆者の予想通り崩れた。石川選手を高く評価する気持ちは変わらないが、尾崎将司選手が命がけで戦っても勝てなかった全米オープンである。そして世界の強豪選手が目の色を変えて戦う競技である。石川選手が簡単に勝てる訳がない。彼は試合後「技術が足りない。ボロが出た」と反省の弁を述べた。しかし日本のゴルフ評論家やメディアは、彼が十分勝てる様な予測をした。

 石川選手は、日本のゴルフ界がグローバル・スタンダードに合致した競技環境を用意しない限り、また彼自身が尾崎選手や青木選手が決断し、実行しなかったコトを決断し、実行しない限り、世界の4大メジャー競技で優勝することは極めて困難であろう。

 この決断し、実行するコトとは、日本を出て、米国の地に住み、世界の強敵と厳しいゴルフを日々戦うことである。グローバル・スタンダードの条件下で競争相手と真正面から戦わなければ、世界の強豪に勝てないというコトは、政治・外交の世界でも、科学の世界でも、工学の世界でも、そしてビジネスの世界でも実証済のことである。
出典:石川 遼選手のHP
出典:石川 遼選手のHP

 筆者は、ゴルフの専門家ではなく、単なる一介のゴルフ愛好家である。しかしこれだけは確信を持って言いえるコト、そして再度言いたいコトがある。それは、樋口久子選手を除き、尾崎選手や青木選手など日本の歴史に残る男女のゴルフ選手が世界のメジャーの国際競技に勝てなかった原因は、本物の強敵が渦巻く激しい競技競争の「場」に身を投じなかったこと、世界の真の強豪が参戦しない日本の競技に優勝して自己満足したこと、そして海外の競技に時々参戦する様な競技活動をしたことである。

 世界語となった「英語」というか、「米語」を話せない、海外の考え方や行動の違いを理解できない日本のゴルフ選手は、海外のメジャー競技で勝負する時、極めて不利になる。それにひきかえ、中国や韓国のゴルフ選手は、本国を離れ、日本や海外の地で素晴らしい活躍をしている。彼らの国際性を大いに見習うべきである。

 以上の問題は、選手本人の決断と努力次第で解決が可能である。しかし日本の競技環境をグローバル・スタンダードに一致させることや本格的国際競技を日本で開催することは、選手本人の努力の範囲を超えている。それこそが日本のゴルフ界が解決すべきコトである。
出典:宮里 藍選手のHP 宮里3人兄弟姉妹

 もし石川 遼選手が尾崎将司選手を超え、もし宮里 藍選手が樋口久子選手を超え、「真の世界一流選手」になることを本気で目指すなら、一日も早く、日本を出て、海外に住み、世界で勝負することを決断して欲しい。筆者のいう「決断」とは、幾ら誘いがあっても、世界の強豪選手が出場しない場合は、日本オープンや日本女子オープンへの出場を拒否することであり、米国や欧州の競技を最優先することをいう。この様な発言は、日夜その発展に努力されている日本のゴルフ界の方々に大変失礼なことである。しかし「日本のゴルフ選手の真の育成のため」と許して頂きたい。

 宮里選手は、2010年、米国本土で悲願の初優勝を成し遂げ、米女子ツアーで年間4勝を上げた。彼女こそ「真の世界一流選手」になる最短の道を歩んでいる。尾崎将司選手と樋口久子選手(女子プロ協会会長、全米女子プロ優勝者)に大変失礼な言い方であるが、彼らは「真の世界一流選手」ではない。そのコトを彼ら自身が自覚していると思う。ついては彼らが自ら果たせなかった「夢」を、石川選手と宮里選手に託し、上記の様な決断を促して欲しい。
つづく
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