図書紹介
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「幸せはすべて脳の中にある」
(酒井雄哉、茂木健一郎著、朝日新書、2010年03月20日発行、第2版、209ページ、700円+税)

デニマルさん:8月号

この本の話題性は、著者の組み合わせと題名にある。酒井雄哉氏は、知る人ぞ知る「千日回峰行」の修行を2度も満行された住職さんである。この修行は、比叡山を1000日間(約7年)かけて回峰巡拝するもので、延べ4万キロを歩く荒行である。この巡拝は、比叡山中の二百数十箇所を毎日30、40キロも歩くというより小走りで巡るという。それを1980年と1987年に2度も満行されている。その行を成し遂げた人は、大行満大阿闍梨(あじゃり)と尊称される。その人が茂木氏と対談し修行と人の生き方等をまとめたものが、今回紹介の本である。茂木氏といえば、現在売れっ子の脳科学者である。氏の視点から「千日回峰行」には、脳を活性化させる方法が多々あるので、人間本来の幸せを実現させる秘策が込められているという。この修行は誰でも出来るものではないが、その秘密に迫ってみたい。

修行と脳の関係(その1)   ―― 暗闇の中を歩く ――
「千日回峰行」は、その名の通り千日間比叡山にある社仏を巡拝する。それも毎日歩くので、出立は深夜2,3時である。当然その時刻は暗闇なので、提灯の灯りで歩くのだという。歩く道先が殆んど見通せない中で巡拝するので、暗闇を見通す眼力や突然の異変を感知する能力(聴力や皮膚感覚)が求められる。これは動物が自然の中で生きる必要不可欠な能力である。人間の本来のあるべき機能を根本から鍛える技が、この修行に秘められている。

修行と脳の関係(その2)  ―― 同じ作法を繰り返す ――
この修行は、7年間毎日過酷な巡拝が繰り返えされる。その行程は、述べ4万キロで地球を一周する距離であり、それも平坦な道ではなく山道である。巡拝なので、歩きと読経の繰り返しである。この歩いて声を出して呼吸を整える方法は、脳の活性化に繋がるという。自分の唱えたお経を聞いて気持ちを落ち着かせると、自然と心に阿弥陀仏が浮かび上がるのだそうだ。毎日同じリズムを繰り返すと脳の神経回路が成長すると茂木氏は書いている。

修行と脳の関係(その3)  ―― 極限状態で自分を見る ――
修行の最終段階で、9日間の断食、断水、不眠、不臥で不動明王の真言を10万回唱える「堂入り」の行がある。それも真っ暗なお堂の中で一人お経を唱えるので、時間の感覚が全くない。この不眠不臥の修行は、人の極限状態の中で自然と心の中が見えるという。経験した人でないと分からないが、人間の存在意義や生きる幸せを感じる本能的部分が研ぎ澄まされるのであろうか。大阿闍梨の穏やかな語りから大きな人を身近に感じられる本である。

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