投稿コーナー
先号   次号

「システム思考リスクマネジメント手法 (6)」

河合 一夫 [プロフィール] :7月号

 今回は,リスクシナリオからリスクメタ言語を用いた表現に変換する部分に関して,少し詳細に述べたいと思う.シナリオの利用は,ビジネスアナリシス,意思決定,ユーザインタフェース設計などの様々な領域で利用されている.まず,シナリオに関して少し考えてみる.
 我々が目にするシナリオといえば,各種白書に記述されている.例えば,2010年6月18日には経済産業省は,新成長戦略〜「元気な日本」復活のシナリオ〜[1]を公開している.これは,2009年12月の閣議決定を受けて作成されたものである.内容は多岐に渡るが,一言でいうなら,客観的なデータをもとにした主観的な意見というものである.そこには著者の意図が含まれているので,それを読み取ることが必要である.
 もともと,シナリオ手法は,軍隊で生まれた戦略プランニング・ツールに端を発している.有名なのは,ローマ・クラブの「成長の限界」[2]やシェルにおけるワックらのシナリオなどである.1980年代以降は,ビジネスや組織学習においても用いられるようになっていった.プロジェクトにおいてもP2Mでは,ミッションプロファイリングにおいてシナリオ構築を謳っている.このようにシナリオの用途は広く,またコミュニケーションのツールとしても有効である.そこで次にシナリオの特徴について少し考えてみたい.
 P2Mではシナリオを『「現在のありのままの姿」から「将来のあるべき姿」をどのように実現するかという道筋を立て,それをストーリーとして描く表現形式』[3]と定義している.また別の定義としてシナリオとは,『世界がこれからどう展開するのかに関する物語であり,現在の環境の変化しつつある諸側面を認識し,それに適応する助けになる』[4],また,『この物語は,重要な要素がはっきりと目立つように細心の注意を払って構成された「筋書き」を中心に構成されている』[4]とある.これらの記述から,シナリオとは以下の特徴を持ったものであるといえる.
現在と将来との差異の表現形式
現在の環境変化を認識可能とするもの
物語である
重要な要素により構成された筋書きを持つ
 戦略プランに利用するシナリオとリスクに利用するシナリオには差がある.プロジェクトでは,多くのリスクを取り扱う必要があることや,プロジェクトのライフサイクルの中でシナリオが変化していくことなどがある.したがって,じっくりシナリオを練ることはできない.しかし,リスクをシナリオとして記述しておくことで,リスクの発生する状況や対処の妥当性を組織で共有することが可能になる.リスクの認識や受容に際に,人の限定合理性やバイアスという問題が関係してくる.リスクへの認識を共有し,リスクへの対処を取る必要がある.このことにリスクシナリオは有効なツールとなる.しかし,先に述べたようにプロジェクトでは多くのリスクに対応することが必要である.そのため,限られた時間・工数の中で,良い「物語」を作るための道具立てが必要となる.それが,リスクメタ言語である.リスクメタ言語は,物語の記述形式を定めるものである.以下は先月紹介をした例である.

 【雪道のシナリオ1】
雪により気温が低下し路面が凍結しているため,配送車のタイヤがスリップして事故を起こし商品を配送できない.これは,XXX万円の損害となる.

 【リスクメタ言語による表現】
タイヤのスリップにより,配送車が事故を起こす.このことにより商品が配送できない.

シナリオ1があることにより,別のシナリオもすぐに考えられる.

 【雪道のシナリオ2】
雪により路面が凍結しているため,通常の配送ルートが混雑してしまい配送車が遅れ商品が間に合わない.売れる時間に商品がないことによりXX万円の機会損失となる.

 【リスクメタ言語による表現】
配送ルートの混雑により,配送車が遅れる.このことにより商品が間に合わない.

 ここで想定しているリスクメタ言語の構造は,[原因]→[結果]→[影響]というものである.リスクメタ言語で記述されたものは,3つの要素のみで記述されている.これによりリスクへの対応や監視・モニタリングが容易となる.リスクシナリオは,この3つの要素を考慮して記述する.ここでは,話を単純化するために3つの要素としたが,これはプロジェクト毎に決める必要がある.
 また,1つのシナリオから派生シナリオを作成することも容易である.シナリオが持っている情報を利用することで他の認識が可能になる.ここでは,路面が凍結するということにより,事故の発生や配送ルートの混雑などの予測が可能になる.複数人でリスクシナリオを作成することで,一人では気がつかなかった将来の状況に気がつくことが可能になる.プロジェクトにおける活動の多くが,書くこと,読むことに費やされている.最近,コンピュータを利用したコミュニケーションが発達したことにより,その傾向は強くなっている.もう一度,書くことについて再考してみることが必要なのかも知れない[5].

参考資料:
[1] 経済産業省,「元気な日本」復活のシナリオ,
[2] ドネラら,成長の限界,ダイヤモンド社,1972
[3] PMAJ,P2M標準ガイドブック,日本能率協会マネジメントセンター,2007
[4] ピーター・シュワルツ,シナリオ・プランニングの技法,東洋経済新報社,2000
[5] 茂呂雄二,なぜ人は書くのか,東京大学出版会,1988
ページトップに戻る