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「システム思考リスクマネジメント手法 (5)」

河合 一夫 [プロフィール] :6月号

 前回は,アイスランドの噴火でヨーロッパに閉じ込められた際に少し考えたことについて述べた.発生確率は低いけれども影響度の大きなリスクは,一旦発生すると,それまで考えもしなかった状況になり,新たなリスクを次々に生み出すというものである.こういったリスクの考え方の一つとして「リスクシナリオライフサイクル」という考え方を紹介した.現在発生している,口蹄疫やインフルエンザの問題も同様かもしれない.現状では,プロジェクトにおけるリスクも,そういったことが無関係ではなくなっているのではないかと思う.プロジェクトが企業の経営と直接結びつく昨今の状況は,こういったリスクへの対応手法が必要になるのではないかと思う.そういったことは別の機会に譲るとして,今回は,前々回からの続きである,リスクシナリオの記述に関して,少し述べたいと思う.
 リスクと意思決定とは,切り離せない関係である.意思決定における不確実性がリスクとして認識されるからである.その不確実性を扱うため,意思決定においてシナリオは将来を予測するためのツールとして良く利用される[1].リスクマネジメントでは,リスクをシナリオとして記述することで,将来発生することに対する視野を広げたり,組織の中で共通認識を得たり,することが可能となる.こういったことによりプロジェクトにおける柔軟な意思決定が可能となる.しかし,プロジェクトにおけるリスクをマネジメントする際にはシナリオのままでは扱うのが難しい.一般的に曖昧さが大きいためである.従って,リスクシナリオをリスクメタ言語と呼ばれる形式的な表現に変換する.リスクシナリオ中には,原因,リスク,影響などが混在している.これらの要素を分解し,ある一定の形式にそって表現するためのものがリスクメタ言語である[2].リスクメタ言語の最もシンプルな形式は,原因(事実,状態)→リスク(不確実性)→影響(結果の可能性)という形式で記述するものである.勿論,これは一つの例であり,リスクモデルとの関係で具体的なリスクメタ言語を決定する必要がある.
 例えば,4月号で扱った商品配送のHHMと雪道のシナリオを考える.


 【雪道のシナリオ1】
雪により気温が低下し路面が凍結しているため,配送車のタイヤがスリップして事故を起こし商品を配送できない.これは,XXX万円の損害となる.

 【リスクメタ言語による表現】
タイヤのスリップにより,配送車が事故を起こす.このことにより商品が配送できない.

 ここで,「路面が凍結しているため」という部分が抜けている.これは,リスクメタ言語の形式を,原因→リスク→結果,としたからである.タイヤがスリップする原因としてシナリオでは路面凍結が記述されているが,実際には凍結によりスリップしやすくなっている状態で急ブレーキをかけるというシナリオも考えられる.シナリオの基本が,因果関係を記述するものであるため,実際には記述されない因果が多く存在することが考えられる.この場合,タイヤがスリップする原因を対策することでリスクの発生確率を下げることが可能となることは自明であろう.このことは,シナリオをリスクメタ言語により記述することで,対応策の検討が容易になることを示している.一般に,因果関係は一通りではない.リスクシナリオでは,自明のように記述されている因果関係も,要素に分けて,その関係を検討することで多くの可能性を見出すことができる.実際のリスクマネジメントでは,複雑なシナリオの場合には連関図などの技法を使う.シナリオは表現能力が高いため,リスクマネジメントを実施する際には,具体的な管理要素の抽出に適切な技法などを利用することが必要となる.
 次回は,具体的なリスクシナリオからリスクメタ言語を用いた表現に変換する部分に関して,もう少し詳細に述べたいと思う.

参考資料:
[1] ピーター・シュワルツ,シナリオ・プランニングの技法,東洋経済新報社,2000
[2] PRACTICE STANDARD FOR PROJECT RISK MANAGEMENT, PMI, 2009
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