ダブリンの風(83) 「テンプレート」
高根 宏士:6月号
筆者がテンプレートという単語に会ったのは40数年前にプログラムを作成した時であった。薄いプラスティックの板にいろいろな図形が切りぬいてあり、その図を、プログラムの流れを図示するフローチャートを書くために使用した。それらの図形には処理、外部メモリー、入力、出力、印刷等をかたどったものがあり、便利なツールであった。フローチャートがきれいにできると快感があった。事実きれいなフローチャートの場合はプログラムも見通しの良いものになった。
現在テンプレートはもう少し広い意味で使われている。PMBOK第3版ではテンプレートをツールの1つとして位置付け、「情報やデータを収集、整理、提出する、規定された内容構成を事前に規定された書式で提示する、部分的に完成した文書」と定義している。要するにテンプレートとは図形にしろ、文書の内容項目や書式にしろ、事前に取り決められたフォーマットである。
テンプレートがあると作業をするにあたって、部分的に分かり切ったことや体裁について考える労力を減少させてくれる。現在のPCソフトやインターネットにはいろいろなテンプレートがある。また専門的な分野や企業内では特有のテンプレートを使用し、大きな効率を上げている。拡大解釈すれば標準化はテンプレートである。PMBOKもP2Mもそのような意味ではテンプレートである。「プロジェクト計画書」についても多くの企業では標準的な書式やサンプル集が作られている。それらを参照したり、それらに従えば一応のプロジェクト計画書を作ることはできる。40年前だったら平均的なSEでは一定レベル以上のプロジェクト計画書を作ることは困難であった。大変な進歩である。
ところでテンプレートを進化させれば、最終的な成果を効率よく挙げることができるようになるであろうか。それは意外と困難ではなかろうか。確かに個々の部分的な場面ではテンプレートを使えば、それなりの成果を出すことは可能である。プロジェクト計画書作成もテンプレートを使えば、それなりのものは比較的容易に作ることはできる。これはhow toについての進歩である。しかしそれでプロジェクトを成功させることができるであろうか。計画書が形式的に、または文章的に整っていたとしても、そこに書かれた内容を全体として作成者が心の底から信じていなければ多分成功しないであろう。それはhow toの問題ではない。whatとwhyの問題である。プロジェクトでどんな成果を出したいか、出さなければならいか、それは何故かを実感として認識し、計画書に書かれているhow toがその成果を出す方向に本当の意味で向かっているかを主体的に考えているかどうかである。
how toの世界は技術の進歩やノウハウの蓄積により日々発展し、活用できるテンプレートも豊富になってきている。しかしhow toが進歩すればするほど現場でマネジメントする者にとってwhatとwhyについて深く洞察することが求められるであろう。
プロジェクトマネジャーは自分では仕事をしていないと自覚すべきである。それぞれの専門分野において「自分よりhow toを深く体得している人間を指揮して自分の思いを実現すること」がプロジェクトマネジャーの本質である。そのためにはwhatとwhyを、プロジェクトに参加してくれる人間に「自分が思っているように理解してもらうこと」が最も重要である。自分の思いを伝えるためには「自分が思っていることは何か」を突き詰める癖をつけることが必要である。何かを真似たり、なぞっているだけでは困難なプロジェクトを成功させることはできない。
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