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「危機こそ原点回帰」を考える

TPSに学ぶPM-WG主査:富士通アドバンストエンジニアリング 小原 由紀夫 [プロフィール]  :6月号

 プロジェクトでは失敗への危機が迫ることがあるが、企業経営においても同様である。
 プロジェクトマネジメントのマネジメントの研鑽として、企業の優秀な経営者の危機時の原点回帰について学ぶことは有効である。最近の事例として、本年2/24米国議会公聴会で、豊田章男トヨタ自動車社長が以下のように説明した内容について考えてみたい。
 まず、「私自身もトヨタも絶対に失敗しない全能の存在ではない」と説明した。人は全能ではないので、残念ながら、人は必ず失敗する。組織は、人の集合体なので、絶対に失敗しないことはない。人として普遍的に持つ特性を確認し、危機が迫る現在まで、大小はともかく問題が存在する可能性を確認している。
 次に、「問題から逃げたり、ごまかしたりするのは、トヨタの誇りと伝統にかけて絶対にない」と説明した。一時的に問題から逃げたり、ごまかしたとしても、問題の真因は解決されずに存在し続けるため、同じ問題は再び起きる。これを理解していているので、先進技術や、個人や組織の失敗を原因とすることはないことを訴えた。
 そして、「成長スピードが速すぎた。顧客視点を欠いていた」ことを認めた。確かに、トヨタ自動車の2000年3月期で12兆円の連結売上は2008年3月期には26兆円となり、8年間で14兆円が増加し、2倍以上となった。競合の日産自動車と本田技研工業の2000年3月期の連結売上は、ほぼ同一の6兆円であり、8年間後に、それぞれ11兆円と12兆円となった。8年間で競合1社分より多い連結売上を増加させる成長スピードは速すぎたのかもしれない。しかし、成長スピードが速すぎることは顧客視点を欠いては良い理由にはならない。顧客視点を欠いたことを認めている。
 企業の危機に原点回帰した説明以降、危機のピークからは脱したようである。

 私は、TPS(トヨタ生産方式)を研究するWGの主査であり、TPSの中で「なぜなぜ5回」に注目している。なぜなぜ5回を実施する際に、留意すべき、べからず3点がある。このべからず3点と、前述の豊田章男社長が説明した3点を比較する。
 第1に、人を責めない。人の普遍的特性を避けることはできないので、人を責めても、二度と起こさないことに繋がらない。人を責めずに真因を追究する。これは、「失敗しない存在ではない」と同じ視点である。
 第2に、諦めない。途中で諦めてしまうと、また、同じ問題が発生してしまうので、諦めることを許容することは、同じ失敗繰り返すことを許容することである。同じ失敗を繰り返すことは許容できないので、諦めずになぜを繰り返す。これは、「問題から逃げない」と同じ視点である。
 第3に、偏らない。真因は隠れているので、「なぜなぜ5回」の開始前に見える原因は、真因ではない。先入観により思考が限定されてしまうと、偏ってしまい、真因には辿り着かない。常に、全ての視点について分析する。時間がないことや、お金がないことを理由に分析する視点が偏ってはいけない。これは、「成長スピードが速すぎた。顧客視点を欠いていた」と同じ視点である。
 危機に原点回帰した視点と、なぜなぜ5回のべからず3点は同じ視点であると言える。

 なぜなら、失敗や問題は企業の危機の入口だからである。
 ハインリッヒの法則とは、労働災害について、1つの大事故の影には29件の軽災害と300件のヒヤリ・ハットの存在を示している。つまり、同一原因が周囲の条件により、ヒヤリで済む場合、軽災害となる場合、大事故に繋がってしまう場合があることを示している。従って、ヒヤリやハットした体験も危機に繋がるため、全ての問題分析において原点回帰が必須となる。
 分析費用が掛かり過ぎるように感じるが、分析の費用のために失われる短期的な利益より、危機の回避とその過程での「人づくり」により得られる長期的利益を尊重する。分析費用を、利益の喪失ではなく、投資として捉える。ヒヤリ・ハット体験の分析への投資が、軽災害や大事故の回避の大きな利益に繋がる。

 回帰すべき原点とは、企業全体で目指す企業理念である。今回の例の「成長スピードが速すぎた。顧客視点を欠いていた」は、トヨタ自動車の企業理念の4項「(前略)世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サービスを提供する」、 6項「グローバルで革新的な経営により、社会との調和ある成長をめざす」に抵触している。企業理念を原点とすることにより、組織内の利害や社内政治の障壁を越えた分析が可能になる。
 企業理念の原点に立ち返り、「偏らない」の実践と同時に、成長に追いつけなかった「人づくり」の促進が成果に繋がってると想定している。
 企業理念を原点とする分析ツールが「なぜなぜ5回」である。企業理念の実現へのカイゼンのために「なぜなぜ5回」を小さな問題に活用していくことを提言し、普及していく。

以上

 文    献

大野耐一著,トヨタ生産方式,ダイヤモンド社,東京,1978
日本経済新聞, 2010年2月25日3面, 米世論に「安全重視」訴え-トヨタ社長 公聴会出席, 東京,2010
ジェフリー・K・ライカー,ザ・トヨタウェイ,稲垣公夫(訳),日経BP社,東京,2004
梶原一明,トヨタウェイ進化する最強の経営術,(株)ビジネス社,東京,2002
西雄大,”トヨタ流「人の育て方」技監が抱く危機感,”日経情報ストラテジー,2008.8月号,pp.40-53
野村進,千年、働いてきました,(株)角川書店,東京,2006
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