PMプロの知恵コーナー
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「エンタテイメント論」(27)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :6月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要

15 スポーツとスポーツ産業の実態
●本論が展開する代表的スポーツ
 前回、スポーツの代表格である「オリンピック」の歴史的転換、国家戦略、金メダルの意義、そして世界最高のエンタテイメント性などを概説した。説明不足の点が多々あったと思う。しかし今後もエンタテイメント論として幾つかのスポーツ、ゲームなどの分野に踏み込んで議論したいと考えている。そのためオリンピックに関しては前回で一旦終わらせ、先に進めたいと思う。

 さて多くの国々で普及し、親しまれているスポーツは、サッカー、テニス、バレーボール、水泳、スキーなど数多くある。また米国では特にアメリカン・フットボール、バスケットボール、野球、ゴルフなどが目覚ましい発展を遂げている。一方日本では興味深いことに、日本人の海外への関心が高いためか、珍しがり屋のためか、世界中の殆どあらゆる種類のスポーツが存在する。

 どの国の人もスポーツへの関心が高いので、スポーツは、エンタテイメント論の格好の対象である。本稿では出来るだけ数多くのスポーツを対象に取り上げたい。しかしその種類が多く、プロ選手、アマ選手、一般スポーツ愛好家などスポーツに関わる人の数も多い。それらを対象に議論すると紙面が幾らあっても足りない。

 そのため何らかの基準で代表的なスポーツを選び、選手や愛好家などに関しても何らかの基準で選別する必要があると考えた。しかしその選択と選別に適切な基準を何にすればよいか随分悩んだ。しかし悩んでいたら選択も選別もできず、本論が進まない。これでは本末転倒である。

 エンタテイメント論は、理論的に展開されるべきであるが、あまり「理性的」に展開すると「エンタテイメント」が本来、保有する「感性的」な展開を無視することになる。オリンピックをスポーツの最初の対象として迷わず選択したが、その理由を改めて自問自答した。本稿で以前取り上げた「北京オリンピック」、前号で取り上げた「冬季バンクーバー・オリンピク」は、共に感動と感激で涙するという「感性」に強く訴えたるモノを生み出した。と同時に世界最高レベルの競技を支える最新のスポーツ科学、スポーツ工学、そしてスポーツ事業を発達させるという「理性」の産物も生み出している。

 筆者は、最初は無意識に、その後は意識的にオリンピックを選定した。従って今後も本論の対象となる代表的スポーツは、「理性面」と「感性面」の両面から順次選択したい。と言えば聞こえが良いが、筆者の好み、独断、偏見での選択と批判されるだろう。「その通りである」。議論を先に進めるためである許して欲しい。

●マスターズ・トーナメント
 筆者は、以上の批判を覚悟で「ゴルフ」を選択した。そして「マスターズ・トーナメント」を皮切りに、議論を進めることにした。

出典:マスターズ公式HP 2010年マスターズの試合風景
出典:マスターズ公式HP 2010年マスターズの試合風景

 日本中で話題の石川 遼選手は、2010年のマスターズ・トーナメントに招待された。また世界中に物議を引き起こし、話題になったタイガー・ウッド選手も招待された。優勝者は、タイガー・ウッドの宿敵であるフィル・ミケルソン選手である。16アンダーで3度目の優勝(2004年・2006年・2010年)。

出典:マスターズ公式HP 昨年の優勝者アンヘル・カブレラ(アルゼンチン出身)からグリーン・ジャケットを手渡される2010年優勝者・フィル・ミケルソン
出典:マスターズ公式HP
昨年の優勝者アンヘル・カブレラ(アルゼンチン出身)からグリーン・ジャケットを
手渡される2010年優勝者・フィル・ミケルソン

 ゴルフに興味がない読者も「ザ・マスターズ・トーナメント(The Masters Tournament、単にマスターズとも云う)は知っている。マスターズは、ゴルフ競技の醍醐味を味あわせてくれる。と同時に極めて豊かなエンタテイメント性も発揮する。

 選手と観客と競技運営者(クラブメンバー、ボランティア、業者など)は、一体となってマスターズを盛り上げている。そして美しい自然の中に作られたゴルフ・コースで競う選手の心と体の動きは、そのまま観客に伝わっている様である。見事なショットに感激し、不運なショットに同情する観客の姿を見て他の観客は、その感激と同情の振幅を拡大する。

 プロ・スポーツ競技では「遊び」を核とする「エンタテイメント」という定義は不十分である。「競技」を核とするエンタテイメントという定義が妥当であろう。

●マスターズの特異性
 マスターズは、他のゴルフ国際競技と異なり、同カントリー・クラブが選手を招待する。マスターズ招待条件として全米オープン、全英オープン、全米アマ、全英アマなどの優勝などが決められている。しかしその条件を満たした選手はマスターズに当然出場できるという権利が発生する訳ではない。あくまで招待されて初めて出場できるのである。石川 遼選手は、彼の若さ、誠実さ、戦績などを総合評価され、特別招待された。どうもこの辺の実情が日本で誤解されてる。

 招待されるのは選手だけではない。観客も招待されないとマスターズのゴルフ・コースに足を踏み入れることは出来ない。「金」を出しても入場券は買えない。しかもマスターズの毎年開催される競技場は、オーガスタ・ナショナル・カントリークラブのゴルフ・コースである。如何なる事情があっても他のゴルフコースで開催されることは絶対にない。

 マスターズは、一種のプライベイトな招待ゴルフ競技である。にもかかわらずマスターズは、世界4大ゴルフ・トーナメントの中で別格の評価を受けている。マスターズを創設した人物、それを支えた多くの先人達、そして歴代の優勝者や競技参加選手の情熱と功績がその評価をもたらした。

●マスターズの伝説
 マスターズに優勝した選手は、例外なく過去に「汗と涙と血」を流し、命がけで戦い、多くの世界的メジャー競技に何度も優勝した人物である。マスターズは、その名の通り、世界の名手(マスター)を毎年招待し、競わせる。そして毎年、信じられない様な素晴らしい試合を素晴らしい同じ舞台で演じられ、素晴らしいエンタテイメントを提供する。その過去の名勝負は、マスターズの歴史に刻まれ、「マスターズ物語り」となり、「伝説」となる。

 尾崎将司、青木功、中島常幸など歴代の日本選手達は、マスターズ優勝を生涯の「夢」とした。特に尾崎将司選手は、他のどの選手よりもマスターズへの挑戦意欲は凄かった。残念ながら彼の夢は達成されなかた。石川遼選手は小さい頃からマスターズ優勝を夢見てきたと聞く。是非、日本選手からマスターズ優勝者が出て欲しい。

 さて筆者は、新日本製鐵ニューヨーク駐在員時代、オーガスタ・ナショナル・カントリークラブの某メンバーの招待でマスターズを観戦することが出来た。その観戦した時(1979年)は、マスターズ最終日であった。記憶は定かではないが、2アンダーパーで戦っていた青木功選手を身近に見ることが出来た。優勝を狙える位置にあった彼は、極度の緊張に支配され、引きつった顔、明らかに体は強張っていた。命がけで競技をする彼の姿を始めて見た。日本国内の如何なるメジャー競技でも見せた事がない姿であった。マスターズが如何に凄い競技であるかを筆者はその時、初めて実感した。全く異次元の競技であった。その時の優勝者はファジー・ゼラーであった。

 余談であるが、筆者は、このマスターズで優勝を逸したジャック・ニクラウスが最終ホールを終えてクラブハウスに向かう時、黒山の様に群がる観衆の中から、筆者は、変な発音の英語で「日本から来ました」と大声で話し掛け、帽子を差し出した。本当はウソで日本からでなく、ニューヨークから駆け付けたのであるが。彼は、ニッコリと笑い、わざわざ筆者の帽子の選び、気を使って帽子の裏側にサインした。そして握手までしてくれた。彼は、最高のゴルフ選手であると同時に最高のエンタテイナーであった。その帽子は、それ以降ゴルフで使わず、我が家の大事な「お宝」として保管している。

●青木選手とジャック・ニクラウス
 筆者が青木選手を再度身近に見たのは、彼が1980年の全米オープンに参戦した時である。それは、ニュージャージー州バルタスロール・ゴルフ倶楽部で開催された。筆者は、NY州ウエスト・チェスター郡のスカースデールの一軒家から車を飛ばして最終日の競技を観戦した。

 青木選手は、ジャック・ニクラウスと4日間共にプレーし、激しい戦いを繰り広げた。この時は、引きつった顔ではなく、闘志をみなぎらせての戦いぶりであった。マスターズでの彼の命がけの体験が生きたと思った。

出典:最近の青木功
青木事務所HP
出典:最近の青木功 青木事務所HP 出典・最近のジャック・ニクラウス ゴルフ・ダイジェストオンライン 出典・最近のジャック・ニクラウス
ゴルフ・ダイジェストオンライン

 青木選手は、残念ながら2位になった(日本男子ゴルフ界におけるメジャー大会最高記録)。しかし最終ホールの観客は、彼の奮闘を讃えて、“Aoki(EIOKI)”、“Aoki(エイオキ)”と歓声を何度も、何度も上げた。これには驚いた。筆者も一緒になって「アオキ」と言わず、“エイオキ”、“エイオキ”と変な発音で叫んだ。

 ジャック・ニクラウスは、その6年後の1986年のマスターズで再度優勝した。46歳の最年長優勝記録を樹立した。信じられないことである。オーガスタ・ナショナル・ゴルフ・コースに“Jack is Back”,“Jack is Back”(ジャックが帰ってきた)の大歓声が響き渡った。筆者は、この風景をTVのLive中継で見た。

 マスターズは、国際メジャー・ゴルフ・トーナメントと同様、「競技」を核とするエンタテイメントである。

つづく
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