ダブリンの風(81) 「俯瞰」
高根 宏士:4月号
「俯瞰」とは、高いところから見下ろすこと、全体を上から見ることである。転じて物事を外から眺めること、他との関係も含めて考えることを意味する。「木を見て森を見ず」という言葉があるが、俯瞰は逆に森を見る。写真や映像では俯瞰はロングショットであり、対象をクローズアップしたものとは対極にある。クローズアップのほうが、迫力があり、見る者に圧倒的に迫ってくる。ロングショットはおとなしい。しかしクローズアップでは対象がどのような位置づけにあるのか、周りとの関係はどうなのかはあまり分からない。ロングショットではそれらは客観的に示される。
最近PM資格取得講座のベテラン講師から次のような話を聞いた。受講している方々は試験に通るのが目的だから、どんな問題が出そうか、引っかかりそうなところは何かということに関心がある。フリーフロートの計算の仕方とか、CPIを使ってEACの算出方法とかには関心が高い。しかし何のためにPMがあるのか、その中でフリーフロートやEACとは何を意味し、それがPM上で果たす役割とかには、ほとんど関心が向いていない。そのようなものは問題に出ることがあまりないからである。また出ても通り一遍の言葉を知っているだけでわかるような問題しか出せないからである。そしてこのような問題は4択形式では本当に分かっているかどうかがわからないからである。彼は自分が講師であることを忘れ、この事象に危惧を感じていた。試験では「個々の木」をそれぞれよく把握し、それらについて解答できなければ合格しない。しかしそれらが構成する森がどのようなものかを認識することこそ、より必要ではなかろうかというのである。
現実のプロジェクトでのマネジメントにおいても例えば進捗フォロー管理やバグ管理において個々の事象に過敏に反応し、バタバタしているだけで、プロジェクトの最終的な姿から現在をどのように判断したらよいかの視点から冷静に判断していないことがよくある。すなわち俯瞰的な視点から物事を見ずに、個々の断片的事象をクローズアップしてしまい、それに圧倒されて焦ったり、ごまかしたりしていないだろうか。特にPMOの立場の人間がこのような事態に陥ってしまうと組織は動かなくなるであろう。
もちろん「木を見る」ことも重要である。プロジェクトマネジメントにおける具体的方法論を考えるときは森を見ているだけでは有効ではない。「個々の木」を認識することが肝要である。しかしその方法論の向かうべき方向が正しいかどうか、全体の関係から見てバランスがとれているかどうかを判断するためには森を見ることは必要不可欠である。すなわち俯瞰的な視点が重要である。
1つのプロジェクトにおける最も俯瞰的な視点は、そのプロジェクトがアウトプットする成果または成果物が影響を及ぼす空間的、時間的範囲がどこまでかを認識することであり、その視点からマネジメントしているプロジェクトを見ることであろう。
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