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「システム思考リスクマネジメント手法 (4)」

河合 一夫 [プロフィール] :4月号

今回は,配送車により商品を定期的に配送する際のリスクの特定を例にとり,静的なモデルであるHHM(HIERARCHICAL HOLOGRAPHIC MODELING:階層ホログラフィックモデリング)とシステム思考を用いた因果関係を示すモデル(2010年2月号)からリスクを特定する例を示す.まず,静的なモデルであるHHMを作成する.HHMは,対象としているシステムの構造やそのシステムが関わる社会的な側面を配慮して要素に分解する.今回の例をHHMで表現したものが次に示す図である.

 上図はあくまで例であり,考えられる全ての要素が抽出されているわけではない.実際にHHMを構築する際は,ブレーンストーミングにより実施し,参加者の合意形成をしながらモデルを構築する.また,ヘッドトピックからトップダウンで要素分解する方法と,要素を洗い出しボトムアップで構築する方法を組み合わせて実施するのが現実的である.HHMは,対象を構成する要素を示している.これらの要素を組み合わせ様々なリスクシナリオ(発生しうる具体的なリスク事例)を作成することができる.17個の要素があるので,2つだけ組み合わせたリスクシナリオだけでも136個作成することが可能である.HHMを利用して要素を組み合わせてシナリオを作成する場合,よく利用した要素とそうでない要素が出てくる.これらを分析することでリスクが発生しやすい要素を特定することも可能となる.以下に2つのシナリオを示す.

 【雪道のシナリオ1】
雪により気温が低下し路面が凍結しているため,配送車のタイヤがスリップして事故を起こし,商品を配送できない.これは,XXX万円の損害となる.

 シナリオ1の場合は,タイヤがスリップすることにより事故が発生する場合である.この原因としては,急ブレーキによるものが考えられる.路面の凍結やスピードの超過といった関連する原因もあるが,これらは急ブレーキによるタイヤのスリップを誘発させる原因とも考えられる.因果関係は連鎖しているため,事前にリスクを表現するモデルを決めておくことが必要である.リスクモデルに関しては,次回以降に述べる.

 【雪道のシナリオ2】
雪により道路の多くの場所で路面が凍結している.そのため道路上の車の速度が遅くなり道路が混雑する.運転時間も長くなる上,配送時間が気になり緊張状態が続くため運転手は疲労が蓄積する.そのため運転手は必要な休息時間を取る必要がある.その結果,配送時刻に間にあわなくなる可能性がある.これは,商品の遅延によりXXX万円の損害となる.

 シナリオ2の場合は,シナリオ1とは少し違う.その違いを明らかにするため因果関係を探る必要がある.いくつかの重要な変数(時間の経過で変化するもの)を利用して,因果ループ図を描いてみる.
因果ループ図

 記号の説明は,2010年2月号のオンラインジャーナルにある.各変数間を結ぶリンク上のo(opposite)は,変数間で逆の振る舞いをすることを表し,s(same)は同じ振る舞いをすることを示している.この因果ループ図の説明は次の通りである.「路面の凍結により道路上の車の速度は遅くなる.そのことで道路の混雑はます.道路の混雑により車の速度はますます遅くなる.道路の混雑により運転手の疲労は増す,疲労が増すことで反応が鈍くなる.事故を起こさないために休息時間を多くとる必要がある.休息時間を取らなければ疲労はさらに蓄積する」.疲労と休息時間の関係を改善するような対策をとることが必要となる.
 リスクシナリオは,HHMの各要素の組み合わせにより作成するが,単純な組み合わせだけで作成できるリスクシナリオもあれば,因果関係を持った変数間の関係を考えることで作成するリスクシナリオもある.まずは,単純に要素を組合わせたリスクシナリオを沢山作成し,それらを精査していく中で,動的な関係を盛り込んだリスクシナリオを考えていくことが必要である.
 今回は,非常に簡単な例を用いて静的なモデルであるHHMと動的なモデルである因果ループ図を使ってリスクを特定するための方法を説明した.実際には,リスクシナリオの記述からリスクモデルに従ったリスクメタ言語による表現を用いるのであるが,それは次回以降に説明することとしたい.
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