関西P2M研究会コーナー
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環境変動下におけるトップリーダー

持続発展教育振興機構理事 桐石 義高 [プロフィール] :3月号

1.はじめに
 現在、我が国は未曽有の不景気に覆われ、失業者数は記録的な数値に上っている。このような事態を企業サイドから観察すると、企業の適応能力を超えた環境変化が生じていると言わざるをえない。

 このようななか、危機に瀕する企業群は、現状を打開しうる人材とはどのようなものか、それを支えるべき組織体制はいかなるものか、そこから生み出される最善の事業戦略はいかなるものか、といったような点について懸命に模索をし始めている。しかし、多くの場合、雌雄を決するのは、資質のあるトップリーダーの存在如何である。いくらオールを漕ごうとも、進むべき方位が間違っていれば、それは悲劇でしかない。

 家電メーカーのP社は、全社方針の1つとして、海外の南アジア市場に大きく舵を取った。さらに、手ごわい欧州市場でも、環境ブランドを武器に健闘し始めた。数日前の新聞では、「P社増収増益」の文字が躍っている。また、ハウスメーカーのD社が、大きな成長が見込めるリチウム電池市場に名乗りを上げた。この市場は、電気自動車との関連が深い分野である。極端な言い方をすれば、ハウスメーカーが自動車産業へ舵を切ったということである。このように、優れたリーダーを擁する企業は、未来の新天地を見据え、大きく舵を取り始めている。

 本稿では、環境変動にも程度の違う2つの変動があると考える。すなわち、通常の「変動期」と、それをはるかに超えた「大変動期」である。「変動期」とは、ある企業の製品やサービスが市場において飽和状態になり、あるいは陳腐化し、製品やサービスの入れ替えを行わなければならいないような程度の環境変化をいう。これに対して、「大変動期」とは、業種や業態事態を変更しなければ、企業の存立自体が危なくなるような程度の環境変化をいう。「変動期」か「大変動期」であるかは、時を同じくしても、業界、業態によって様々である。

 わたしは、この「変動期」と「大変動期」では、トップリーダーとして要求される能力、それを支える組織体制、トップリーダーの育成手法は異なると考えている。場合によっては、二律背反する場合さえある。

2.トップリーダーに要求される能力
   ここで「トップリーダー」とは、社のトップ、または社のトップに全権を事実上信託された者も含む概念である。変動期におけるトップリーダーに要求される能力の最大の特色は「論理性」であり、大変動期におけるトップリーダーに要求される能力の最大の特色は「予知能力」にあると考えている。「論理性」は「親近感」や「計画性」を生み、「予知能力」は「カリスマ性」や「破壊力」を生んでいく。
 変動期のトップリーダーが、論理的判断により導かれた計画的戦略に基づき、社全体を引率していくことに比べ、大変動期のトップリーダーは、社がおよそ体験したことのない環境に瀕しながらも、社全体を新天地に導かなくてはならない。

 変動期において正しい判断は、大変動期においては必ずしも正しい判断とはいえない。
 例えば、講学事例ではあるが、砂漠でサングラスを売りに出かけた販売員が、「ここでは、誰もサングラスをしていないから、販売拠点を設けるのは止めよう。」と判断した場合、それは変動期のリーダーとして正しい判断であるといえる。
 しかし、大変動期に要求されるリーダーでは、必ずしも合格ではない。おそらく彼は、「この国で誰もサングラスをしていないのはチャンスである。ここに販売拠点を設けることを検討せよ。ただし、この国に我が国と交換できる資源が存在するかどうかも同時に調査せよ。」という思考を持たなければならない。

 社の百年を見据えた判断をする際には、これまでの経験値を基礎にした論理性基準では、正しい判断をすることは難しい。
 ここで要求されるのが「予知能力」である。この「予知能力」は、企業の「百年の計」にとって、かけがえのないものである。未来の人々の生活を支える科学技術はどう進化していくのか、それにともなって派生する需要はどう変化していくのか、あまたの民族対立や宗教対立がどのように影響してくるのか。これらは、企業のこれまでの経験値ではとても判断しきれないものであり、ここに「予知能力」という特殊な判断能力が必要となってくる理由がある。

 偉大な経営者は見事にこの資質を持っている。たゆまない感性の訓練のたまものであろう。この能力を持たないトップリーダーが長く君臨する企業は、例外なく、程なく衰退していく。ただし、優秀な「論理性」を持つタイプのリーダーが、この「予知能力」を同時に持っていることはほとんどない。これも、二律相反の現象である。それは、長期投資と「超」長期投資の違いに似ている。

3.リーダーを支える組織体制
 通常、企業の運用する組織体制は、分権型が合理的であるとされ、わたしもそう考えている。分権の内容の一部として、企業内の部門を、「ライン部門(行政観的組織)」と「機能部門(司法観的組織)」に分けるのが一般的である。「機能部門」はライン部門を補佐し、促進し、評価し、ライン部門同士の利害を調整する。しかし、ラインそのものの権限は行使しないことが、その各々の役割を果たし切ることのできる前提であるといわれる。これも正しいと思う。

 しかしながら、この組織体制は万能な体制といえるかといえば、そうではない。ことに、大変動期においては、理想的な組織体制ではない。
 一定期間かつ限定的な範囲で、「集権的」なシステムが発動できるようにしておくことが必要である。例えば、権力分立の統治体制をとる国家であっても、その多くは、他国の侵襲時には一時的に集権体制をとることが許されている。これは歴史的の経験によって磨かれた知恵と言える。
 さらに、分権制度は「責任」も分担されることが多い。このような責任分担体制が、大変動期を乗り越えることが出来る体制だとはいい難い。

 また、大変動期におけるトップリーダーが革新的判断を行うためには、何よりも情報収集体制に気を配らなくてはならない。情報は、社内外だけでなく、国内外に渡り、正確かつ迅速に集められなければならない。みずから、情報収集の陣頭指揮をとり、情報収集の精度をコントロールしなければならない。情報機関のあり方はCIAやモサドが参考になる。業種業態を大きく変更するか否かのときに、情報を自社部門から「ボトムアップ」形式だけで収集し、最終判断をすることは、判断を誤る危険性がある。

 このように、大変動期の判断にとって重要になってくるのが「情報機関」である。平時では、経営企画室やプロジェクトマネジメント室などの機能部門がこの役割を果たすのであろうが、大変動期を乗り越えるためには、このような機能部門の消極的権能では充分な機能が果たせない。この時期の「情報機関」は、ラインのトップになり替わるごとく能動的に働く必要がある。この場合の権限は、例えば、ライン部門の権限を停止させうるような積極的権能を与えられることが適切である(原子力航空母艦の艦長付きメンタルドクターのように)。

4.トップリーダーの育成
 大変動期におけるトップリーダーは、変動期におけるトップリーダーと異なり、本来「育成」されるものではなく、「発見」されるものであると考えている。通常の社内体制を維持することが主な目的である人事部門(人事担当者)に、「予知能力」や「カリスマ性」を持った人材を育成せよと期待すること自体、無理な話である。

 ただ、そのようなトップリーダーの資質をもった人材を、社の不適合人材と混同して社外に排出してしまわないよう配慮する制度や、特別の資質をもつ人材を「特別」にすくい上げることのできる制度を構築することは大切である。T社を新技術により新分野に進出させ、いまや1兆円企業に成長させ、その話が「プロジェクトX」にもなったO氏も、若かりし頃、プロジェクトの失敗で、あやうく社外に放出されかかった時期があったという。後日談ではすまされないような話である。このO氏が、このとき社外に放出されていれば、この企業はどうなっていただろうか。大変動期を乗り切るような人材は、凡人の上司にはとかく煙たい存在であるのだ。

5.おわりに
 以上述べてきたように、環境変動を乗り越えていくためには、トップリーダーに関する考察が重要である。それは「President Management」研究である。仮に、P2Mに「President Management」の研究が加われば、それはP3Mの始まりである。
以上
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