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「エンタテイメント論」(24)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :3月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要

14 音楽と音楽産業の実態
●観光事業の活性化と観光産業の振興
 筆者は、以前、有名某衆議院議員の要請に応じて、彼の提案による「日本の観光事業活性化プロジェクト」の有識者会議に何度か出席した。同会議は、日本の観光事業を如何に活性化するか、特に外国人観光客を如何に誘致するかを議論した。前号で「音楽」をテーマとしているのに何故、日本の観光事業の活性化を述べるのか、その理由を本号で説明したい。
 
 筆者は、同会議で主張し、誰も理解せず、支持されなかったモノがある。それは、@日本人の作詞・作曲による「歌」を日本人の歌手が唄い、その歌を世界中にヒットさせること、A出来れば「日本映画」も世界中でヒットさせること、B音楽や映画を日本の観光事業育成策に組み込むことであった。

 韓国TV番組「冬のソナタ(原題:冬の恋歌)」は、日本で大ヒットした。美しい主題歌と美しい自然を背景とした恋愛物語は、数多くの日本人女性を魅了し、大挙して韓国を訪れさせた。そして同国の伝統的観光地はもとより、当該番組に登場する実際の場所に多くの日本人観光客が殺到した。更に「冬のソナタ」の様な現代劇TV番組だけでなく、韓国の時代劇TV番組が次々と日本で放映された。一方数々の韓国映画が日本で上映されるに至り、「韓流ブーム」から「韓国文化受容の時代」になった。
出典:冬のソナタ KBSメディア・パン・エンタテイメント
出典:冬のソナタ KBSメディア・パン・エンタテイメント

●理性的価値と感性的価値
 上記の実例で筆者の主張の理由を容易に理解されたであろう。欧米諸国、アジア諸国、そして日本などがそれぞれ自国で生み出す「音楽」や「映画」というエンタテイメントのツールは、自然な形で無理なく、他国の人々に自国の文化や生活などを知らしめ、自国への憧れを醸成させる。

 しかし同会議の政策にも、現在の鳩山政権の観光産業立国の政策の中にも、日本の音楽や映画を日本の観光事業の活性化や観光産業の振興の起爆剤とする考え方、言い換えれば、エンタテイメントを核とするコンセプトは存在しない。

 観光に関係する専門家達は、以前も今も、観光事業の活性化や観光産業の振興のために「機能性」、「利便性」、「効率性」などの「理性的価値」の追求に重点をおいている。具体的には国、地方自治体、企業などは、以下の観光開発のために膨大な人、金、時間、労力を投下している。その観光開発とは、
 観光資源開発(温泉地の整備、新しい観光資源発掘、サービス改善など)、
 観光人材開発(通訳育成、通訳検定試験など)、
 観光法規緩和(出入国、観光ビザなど)、
 観光手段開発(航空、空港、交通ネットワークの改善)、
 観光地サービス開発(医療&観光セット・サービス、デスティネーション・ホテルなど)、
 観光情報開発(大規模観光PR、最新IT機器による観光情報案内など)
などである。しかしそれだけで本当の観光開発になるだろうか。

 現在、数多くの中国人の富裕層が日本を訪れ、高額な買い物をしている。また彼らは日本の多くの伝統的観光地を訪問している。勿論、中国人以外の世界各国の観光客も日本に訪れている。しかし彼らは、以前も、今も日本女性が韓国の音楽や映画に魅了されて韓国に殺到した様な「文化的」、「エンタテイメント的」、「人間的」などの「感性的価値」を求めて日本に来ているのだろうか。

●歌は文化の象徴であり、担い手
 「歌」は、その国の文化の「象徴」であり、「文化の担い手」である。この歌が過去の日本の歌でなく、現在の歌によって世界の人々によって唄われるならば、日本への想いが自然に湧き上がり、日本に憧れ、日本人を知りたくなり、日本を訪れる様になるだろう。

 日本の寺院、遺跡などの伝統的文化遺産(ハードウエアー)や伝統芸、伝統音楽などの伝統的芸術(ソフト・ウエアー)は勿論、外国人にアッピールする。しかしその本質は、過去に軸足を置くモノ(ウエアー)である。現在に軸足を置くモノではない。日本の観光開発に最も必要なモノは、現在に軸足を置くモノである。

 日本は戦後の荒廃から奇跡の復興を遂げ、世界第2位の経済大国になった。にもかかわらず、既述の通り、日本の歌が世界中に知られ、唄われた事が一度もない。不思議と言えば、不思議である。「上を向いて歩こう」も世界に知られた歌ではない。女性黒人歌手のアーサー・キッドが唄った「ショ―・ジョージ」も米国で一時ヒットしたが、世界には広がらなかった。一方トヨタ、東芝、松下、新日鉄などが生み出した「機能性」、「利便性」、「効率性」などの「理性的価値」を担う商品や製品は、世界の隅々まで行き渡った。そして「Made in Japan」の商品や製品の価値は高まり、その価値を生み出した「企業名」も知れ渡った。

 最近になってようやく「文化的」、「エンタテイメント的」、「人間的」などの「感性的価値」を担う日本の「ゲーム商品」が任天堂、セガ、ソニーなどによって生み出された。また宮崎プロに代表されるアニメ制作プロダクションは、「アニメ商品」を生み出している。もう少し頑張ってインパクトが大きい日本の「歌」を世界的に知られる様に出来ないだろうか。

●世界に誇る日本の歌
 筆者は、中学生の頃、米国映画「グレン・ミラー物語」に熱中し、高校生の頃は「べニ―・グッドマン物語」に魅了された。そして何回も何回も映画館に通った。ジャズの虜になった筆者は、米国に憧れ、「いつの日かアメリカに行くぞ!」、「いつに日かジャズ演奏家になるぞ!」と暗い映画館の中で一人心に刻んだことを今も鮮明に覚えている。

 米国に行く夢は、社会人になってから実現した。ある日突然、上司に呼び出され、新日本製鐵ニューヨーク事務所駐在員に任命された。家族と共にニューヨーク郊外の一軒家で住み、マンハッタンのど真ん中の事務所に毎日通勤することになった。夢にも思わなかったコトが実現したのである。仕事が終わるとダウン・タウンのブルー・ノートなどのジャズ・ライブハウスによく通った。日本とは違って料金は安く、数多くの有名なジャズ・プレーヤーの演奏を楽しみ、素晴らしい歌手の歌に魅了された。

 日本帰国後は、都内の「ジャズ・ライブハウス」によく遊びに行った。諸般の事情から筆者は音楽家の道を進むことは出来なかったが、演奏家の夢は捨てていなかった。ある日、東京倶楽部(JR水道橋駅近く)というジャズ・ライブハウスに遊びに行った。知人のピアニストの誘いに乗って、酔った勢いでピアノを弾いた。その結果、その場でスカウトされた。ジャズ演奏家の夢は、突然実現した。それ以来現在も演奏活動を続けている。

 筆者の夢の実現を書くことが目的ではない。ある国の音楽が生みだす魅力は、その国の魅力と等価であることを言いたかっただけである。筆者は日本の音楽を演奏していない。はっきり言って米国産音楽のジャズのスタンダード曲を中心にモノマネをやっているに過ぎない。しかしそれでは情けないと時々思う。そのためジャズ演奏レパートリーに桑田佳祐の「Tunami」や松田聖子の「SWEET MEMORIES」などを加えて演奏する。これが結構、お客様に受ける。やはり日本人の心に訴える日本産音楽を演奏すべきだとつくづく思う。さて世界に誇る日本の歌は何かを考えてみたい。

 「クラシック音楽」の世界で世界的に活躍している日本人の指揮者、歌手、演奏家などは沢山いる。しかしその音楽のベースは、「欧米産音楽」で「日本産音楽」はマイナーである。非クラシック音楽の世界の一つである「ジャズ音楽」で世界的に活躍している日本人の演奏家や歌手はそれなりにいる。しかしその音楽のベースも、米国産音楽で日本産音楽はマイナーである。その他の「ポピュラー音楽」の世界では米国産音楽と日本産音楽がほぼ拮抗している(前号で説明)。しかし世界的に活躍する日本人の演奏家、歌手は殆どいない。このことが問題である。

 クラシック音楽の日本人の指揮者や演奏家やジャズ音楽の日本人の演奏家や歌手が日本産音楽をベースにしない限り、いくら世界で活躍しても、世界の人々は日本に憧れを持つことが出来ない。従って日本産音楽をベースとした音楽によって世界的に活躍する日本人の作詞家、作曲家、演奏家、歌手などを産み出すことが是非必要となる。この考えに立つと、世界に誇れる歌とは、日本産音楽である歌謡曲&演歌、日本型ポップス(Jポップス)、日本型フォークソングなどである。

●歌謡曲の女王「美空ひばり」
 日本産音楽の歌謡曲&演歌、日本型ポップス(Jポップス)、日本型フォークソングなどの音楽ジャンルの中で最も日本人に親しまれ、好まれ、最大の称賛を浴びた国民的歌手は、美空ひばりである。彼女を超える歌手は、現在も存在しない。彼女は、昔、ジャズも唄っていた。しかし残念なことに世界的な歌手にならなかった。

 筆者は、新日本製鐵勤務時代、社長命で米国MCA社と組んでユニバーサル・スタジオ・ジャパン・プロジェクトの責任者として日本で初めてそのテーマパークの開発に取り組んだ。その頃、既に世界的なポピュラー歌手を産み出せないかと考えていた。そのためMCA社の某音楽プロデューサーに会う機会を利用して、日本の歌謡曲&演歌の歌手、ポピュラー歌手などの歌を吹き込んだカセット・テープを聞かせた。

 彼は、聞き終わって開口一番、「川勝さん、演歌はなかなか興味あります。しかしある歌手以外はあまり魅力がないです。また歌のリズムや編曲は、完全にアメリカのモノ真似で独創性がないですね」とズバリ言った。

 彼がある歌手と言ったので「美空ひばりでは?」と尋ねた。「NO」という返事であった。これには本当に驚いた。しかも彼は「美空ひばりは、ヨーデルの歌手ですか?」と尋ねた。ますます驚いた。「裏声」を使うからであろう。「彼女は、日本の誇る国民的人気歌手です」と答えた。彼は即座に「聞く人の感性に最もアッピールするには、高音を大声で唄うことである。その高音箇所を何故、裏声にしてぶち壊すのか?」と疑問を発した。

 筆者はその疑問を無視して「ある歌手とは誰ですか?」と尋ねた。「内藤やす子」と答えた。これまた驚いた。彼女は「弟よ」を唄ってヒットさせた歌手である。彼女の両親は浪曲師と聞く。淡谷のり子のブルースではなく、ジャズのブルースと演歌を混合したモードをハスキー・ボイスで迫力のある唄い方をするロック系演歌歌手である。彼女の演歌調が音楽プロデューサーの心に響いたことは意外であった。

 筆者は、改めて美空ひばり、内藤やす子、その他の演歌歌手の歌をじっくりと聞いた。美空ひばりの「裏声疑問」は別として、美空ひばりを含む多くの演歌歌手を世界的にプロモートし、外国の音楽プロデューサーと組み、日本の演歌を世界の大衆にアッピールすることは、世界第2位の経済大国日本なら、十分に実現できると思った。何故なら日本産音楽である歌謡曲、その中でも特に演歌歌手が腹の底から絞り出す様に唄い、本気と本音で訴える姿と演歌のメロディーは、日本人だけでなく、世界中の聴衆の心を打つはずだからである。歌謡曲や演歌の歌詞を英語で唄う必要はない。そのまま唄えばよい。日本人がジャズを英語で唄う様に、外国人も好きになった演歌なら日本語で唄うからである。

出典:美空ひばり ひばり公式サイト 出典:内藤やす子 ヤフー人物年鑑
出典:美空ひばり ひばり公式サイト 出典:内藤やす子 ヤフー人物年鑑
つづく
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