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「エンタテイメント論」(23)

川勝 良昭 Yoshiaki Kawakatsu [プロフィール] :2月号

エンタテイメント論

第1部 エンタテイメント論の概要

14 音楽と音楽産業の実態
●日本の音楽レコードの主流
 前号でタテの音楽とカラオケ事業などを論じた。本号では日本の音楽界の全体を論じてみたい。ついては日本の音楽界に於いてどれくらいのオーデオ(画像なしの音楽ソフト)や音楽ビデオ(画像ありの音楽ソフト)が作られ、輸入されているか、またどの様なジャンルの音楽が主流を占めているのかを明らかにしたい。

 2009年(カッコ内は2008年)の実績でみるとオーデオでは約2496億円(約2961億円)、音楽ビデオで約669億円(約656億円)、合計3165千億円(約3617億円)である。前者の媒体はCD、後者の媒体はDVDがそれぞれ主流を占める。以下の表の出典はすべて日本レコード協会。
音楽ソフト(オーディオ/音楽ビデオ合計)

 2008年(2009年統計は未公表)のオーデオのジャンル別タイトル総数は、約19000である。その内、邦盤が10000、洋盤が9000である。邦盤ではニュー・ミュージック3800、ポップス&歌謡曲2800、演歌1500、その他は各種ジャンルのもの。クラシックは僅かに250である。洋盤ではロック&ディスコ4000、ジャズ&フュージョン1700、ポピュラー&映画音楽1000、その他は各種ジャンルのもの。クラシックは1800である。また同年の音楽ビデオのカタログ総数は、12000である。その内、邦楽系6500、洋楽系3900、そして邦楽系が主流を占めるカラオケ1500である。

 以上の実績を一望すると様々なコトが分かってくる。オーデオでは邦楽系と洋楽系がほぼ均衡している。そしてニュー・ミュージック、ポップスが主流を占めている。演歌は昔の勢いは無く、マイナーな存在である。また日本のクラシックは更に少ない。音楽ビデオでは邦楽系が洋楽系よりも多い。そしてロックが主流を占めている。ジャズ、ポピュラー、海外のクラシックがほぼ均衡している。音楽ビデオでは邦楽系が洋楽系より多い。最近の日本のビジュアル系歌手が多いためだ。以上のコトは、筆者がわざわざ実績統計を使って説明せずとも、多くの読者が既に気付いていたコトであろう。
2008年オーディオレコードジャンル別新譜数、2008年ビデオレコードジャンル別カタログ数

●日本の音楽界の主流人物への期待
 日本の邦盤の主流を占めてるニュー・ミュージック、ポップスなどの歌手達や演奏家達は、多くの日本の若者に「夢」を与え、彼らからの絶大な支持を得て、日本の音楽界をリードし、世界に乗り出してゆくことが期待されている。また日本の洋楽系の主流を占めるロックの歌手達や演奏家達は、日本の若者に「夢」を与えつつ、一方で海外の音楽界の主流にいる歌手達や演奏家達から「夢」を貰い、「刺激」を受けている。彼らもまた世界に乗り出してゆくことが期待されている。しかし現実は、期待とは正反対の方向に進んでいる様である。それを一語で言えば、「ガラパゴス現象」の方向である。

 筆者は、岐阜県理事時代に、ある人物の紹介で、小室哲哉氏に1対1で面会する機会を持ったことがある。数人のガードマンに守られた彼は、「小室ブーム」の全盛時代の真っ只中に存在した。彼は、ピアノ&キー・ボード演奏家、作詞家、作曲家、編曲家、音楽プロデューサー、シンセシスト、シンセサイザー・プログラマー、ミキシング・エンジニアなどの多彩な才能を発揮する一方、尚美学園大学・芸術情報学部・教授も兼務していた。この音楽分野では彼の様な人物は、昔も、今も出現していない。まさに日本の音楽界をリードする人物であった。しかし極めて残念で情けないことに、2006年、彼は5億円の詐欺行為によって逮捕され、起訴された。そして2009年、懲役3年、執行猶予5年の有罪判決が言い渡された。弁護側からも検察側からも控訴がなく、刑は確定された。
小室哲哉氏 最近の小室哲哉氏
出典:音楽サイト「ナタリー」  こちら

 筆者が面談した時の彼は、全身からエネルギーが溢れ、誰も寄せ付けない音楽界のリーダーの自信をみなぎらせていた。筆者は彼に「小室さんは世界に跳躍できる実力を持ちの方です。どの様な世界展開をお考えですか?」と聞いた。彼は、“つまらない質問するな”という様な表情を示して「何故?」とぶっきら棒に聞き返してきた。

 筆者は、質問の意図を説明するため、「日本は、戦前、戦後、そして現在まで物凄い数の歌が作られ、物凄い数の歌手が生まれています。しかし世界中の人々に知られ、口ずさんで貰う様な歌は1曲もなく、世界に知られた歌手はゼロです。この様に言うと“上を向いて歩こう”という曲があるとよく反論されます。しかし実際は、“スキヤキ・ソング”の曲名で米国のヒット・チャートに一時的にトップを飾っただけです。小室さん、どうか世界に名が知れる曲を作り、世界的な歌手を生み出して下さい」と丁寧に答えた。

 「今は、忙しくてその様なコト考え、実行する暇がない」とそっけない返事であった。しかし筆者は、「あなたは音楽アーティストであり、音楽プロデューサーです。是非、世界進出を実現され、後世に残る世界的ヒット・ソングを創り出し、世界的歌手を生み出して下さい」と少しムキになって語ったコトを今も鮮明に覚えている。

 彼は、筆者から何かビジネスの頼み事を受けると警戒し、疑いの目を向けていた様であった。しかしそうでないコトと筆者の「本気と本音」が分かったためか、彼は、少し表情を和らげ、「頑張ってみましょう」と言って席を立ち上がった。筆者は、取りつく暇もなく、会見を終え、その場を去った。何か割り切れない気持ちが残ったことを今も覚えている。その後、小室ブームは続いた。彼は、中国や韓国などで次々とコンサートやイベントを開催し、大活躍した。しかし筆者が要請し、彼が「頑張ってみましょう」と応えた「米国進出」と「世界進出」のシナリオは結局、実現しなかった。

●日本の音楽業界への期待
 日本のTV業界、オーデオ業界、音楽ビデオ業界、音楽プロダクションなどの日本の音楽業界は、上記の通り、主流となる音楽の分野やジャンルに於いて、大々的な宣伝を行い、イベントやTV出演のマス・メディアを駆使し、様々なマーケット戦略に基づいて毎年、物凄い数の歌や曲を作り出し、これまた物凄い数の歌手や演奏者を生み出している。

 それらの中から毎年、幾つかのヒット曲が生まれ、人気歌手も生まれている。しかしその陰で数多くの曲や多くの歌手が市場から消え去っている。そのため更に多くの歌や曲が次から次に作られ、数多くの歌手がプロモートされ、生み出されている。この厳しい競争は、優れた音楽、優れたアーティストを産み出す原動力となるから歓迎すべきことである。

 しかし問題は、競争の中身である。極めて残念なことに、この分野やジャンルでは、「粗製乱造」の様相を呈している。作られる曲は、思い付きの様なモノが多い。海外の曲のパクリもある。そして真の感動を与えたり、真から楽しいエンタテイメント性のある曲が殆どない。また歌詞の中にやたらに英語句や英語文が使われ、時に世界に通用しない「日本英語」まで混入している。

 特に問題は、歌手にある。歌唱力が弱い。音程がずれる、スリ上げ式の歌い方、リズムに乗れないなど、はっきり言って素人歌手である。その彼らは、数多くのCDを発売し、堂々とTV音楽番組に登場している。またこの種の歌手のコンサート風景がTV放映されているが、観衆の殆どは「オッカケ・フアン」である。本気で見聞する若者は減り、この種の酷い歌手の存在を気付いて批判しはじめている。
 一方現在の日本の音楽業界の経営者は、口では「アジア進出」や「世界進出」を語る。しかし作らせている「歌」や「曲」、唄わせている歌手や演奏家に、日本市場のみを対象としたビジネス音楽活動しか期待していない。最初から「ガラパゴス現象」でのビジネスになっている。この様な現状では、世界の人々が日本の歌を唄い、日本の歌手に憧れる様な事態には到底ならない。しかし華やかに演出された音楽界の日の当たる世界の陰に、素晴らしい作詞家、素晴らしい作曲家、凄い才能の歌手、そして見事な演奏家が数多く存在することを忘れてはならない。

 日本の音楽業界の経営者は、優れた才能を発掘し、育てる努力を払えば、それだけの見返りが期待されることに気付くべきである。また上記の通り、多くの若者がお粗末な曲や歌や歌手に気付いており、彼らは外国の曲や歌や歌手の方にシフトし始めている。その一部がジャズにもシフトしている。その事は、筆者が出演している「演奏の場」に中高年だけでなく、若者の来客が増えたことで分かる。

●日本の観光事業の活性化
 筆者は、岐阜県理事時代、某有名衆議院議員の提案で「日本の観光事業活性化プロジェクト」が推進された。筆者も同議員の要請で協力したことがある。同プロジェクトは、日本の観光開発専門家、有名学者、大手観光事業会社経営者、著名評論家、関係官僚などのメンバーで推進された。現在の民主党政権も観光開発活性化による外国人観光客誘致は重要な政策課題になっている。

 筆者は、同推進委員会に出席して、何度も主張したことがある。しかし誰一人筆者の主張を理解せず、支持せず、従って誰も実行しなかった。現在、民主党政権下でも外国人観光客誘致の検討を行っている様だ。しかし筆者が主張したコトと同じコトを主張している人物は恐らくいないだろう。筆者は、民主党政権下でその種のメンバーになることを望んでいる訳では一切ない。しかし本稿で筆者が主張した点を披露する必要があると痛感している。

 筆者が「音楽」をテーマにしている時に、何故、日本の観光事業の活性化について述べるのか? 勘の良い読者は気付いているだろう。次号でこの点を説明したい。
つづく
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