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「システム思考リスクマネジメント手法 (2)」

河合 一夫 [プロフィール] :2月号

 前回で述べたように,今回から数回に渡ってはシステム思考リスクマネジメント手法(STORM:System Thinking Oriented Risk Management Methodology)に関して,リスクの特定,算定(見積),評価,対応というプロセスの中でシステム思考をリスクマネジメントに応用する方法について説明したい

 リスクの特定は,将来発生する可能性のあるコト(事象)を探索するプロセスであるが,対象のプロジェクトが複雑になると,何が起きるのかを想像することが難しくなる.プロジェクトを構成する要素とその関係だけでなく,外部環境(市場や世界情勢)との関係をも考慮することが必要となるからである.
 毎年開催するシンポジウムを例として考えてみる.毎年のように開催しているので,どんなタスクがあるのか,いつまでに決めればよいのか,過去の失敗はなんだったかなど,プロジェクト資産は残っているためプロジェクトを進める上でリスクの特定やその対応は,さほど困難ではないように考えてしまう.本当にそうなのか.例えば,今年は似たようなイベントが同じ時期に開催されていることを知らなかったら,昨年まで参加してくれた人たちが景気の後退により参加をためらったら,インフルエンザの流行により参加できなくなったら,など同じように見えるプロジェクトでも特定するリスクは外部環境の変化により変化する.また,時間的な要素を考えることも重要である.私たちの思考は,作用・反作用的な事象の関係に偏って認識しがちである.即ち,ある事象の発生が他の事象を引き起こすタイプの関係は簡単に想像できるが,時間的な要素が入った場合には簡単には想像できなくなる.例えば,「交通機関のトラブル」という原因に対して,「講師の到着が遅れる」という結果は容易に推測ができる.しかし,「評判が口コミによる伝わる」という原因に対して,「多くの参加希望が殺到する」という事象が発生し,「予定した会場では収容できない」という結果は,空想はできても現実のプロジェクトの中では想像できない.
 現在のプロジェクトにおけるリスクは,プラス(好機)とマイナス(脅威)の両方をマネジメントすることが望まれる.特に,好機(チャンス)に対するマネジメントが重要であり,好機を逸するリスクというものがプロジェクトの成功に与える影響は大きい.せっかくのチャンスを逃してしまうことこそリスクなのである.そのことが,多くの構成要素が複雑な関係を持っている状況を理解する必要性を要求し,システム思考の利用が,その問題への対処の1つとなると考える.
 ここで,この連載で使用するシステム思考の記述方法について少し説明する.下図は因果ループ図を示している.これは,原因と結果というシステムの振る舞いを考察する上で最も重要で基本的な図である.
因果ループ図

ここに示した変数は,認識した問題に関連したシステムの振る舞いの要素であり,システムの動きを説明するための変数である.リンクは変数の間の関係を示すものである.ここで“S”は,同じ動きを示す“Same”の頭文字である.反対の動きをする場合は,“Opposite”の頭文字である“O”を付与する.この図は,預金口座の残高が増加すると,利子も増加することを示している.

   今後,システム思考を基礎としてリスクマネジメントを考えていく上で,システム思考の基本原則を知っておくことは重要である.それを以下に示す.(参考資料[2])
全体像を考える
長期と短期のバランスを取る
動き,複雑性,相互依存性というシステムの3つの性質を理解する
測定可能なデータと測定できないデータの両方を考慮に入れる
私たちはシステムの中でそれぞれの機能を果たしており,私たち自身がシステムの一部であることを理解する.
 ここに示した基本原則は,今後の連載の中で随時引用し,補足を加えたいと思う.次回は,システムの全体像を捉えるためのモデルを利用したリスク特定の方法について説明することにする.

参考資料:
[1] 西村行功,『システム・シンキング入門』,日本経済新聞社,2004
[2] バージニア・アンダーソン,ローレン・ジョンソン,伊藤武志訳,『システム・シンキング』,日本能率協会マネジメントセンター,2001
[3] ダニエル・キム,バージニア・アンダーソン,宮川雅明+川瀬誠訳,『システム・シンキングトレーニングブック』,日本能率協会マネジメントセンター,2002
[4] ジョン・D・スターマン,枝廣淳子+小田理一郎訳,『システム思考』,東洋経済新報社,2009
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