投稿コーナー
先号   次号

「システム思考リスクマネジメント手法」

河合 一夫 [プロフィール] :1月号

 世の中,不確実性に満ち溢れている。このことに異を唱える人はいないと思う。また,世の中,リスクに満ち溢れている。このことにも異を唱える人はいないと思う。この二つは同じことなのか。アメリカの経済学者であるフランク・ナイトは,リスクは確率によって予測できる事象であり,確率で予測できないことを不確実性であるとした。このことを先に述べたことに鑑みると,世の中,予測できない不確実性に満ち溢れている,と言い換えなければならない。リスクマネジメントは,この「予測できない不確実性」への対応が必要となる。これから数回に渡り「予測できない不確実性」に対処するためのリスクマネジメントについて考えていく。
 先回,現在のプロジェクトにおける不確実性マネジメントの難しさは,プロジェクトを取り巻く環境の複雑さの増大に因るものだと述べた。複雑さが増大することによって,変化に対する影響や結果の予測を難しくしていることがマネジメントの難しさの原因であると述べた。そして,リスクマネジメントが,プロジェクトの舵としての役割を持つことが必要であり,不確実性がプロジェクトに何をもたらすのか,それを管理し,プロジェクトの舵をきっていくことが重要になると述べた。そのために複雑な対象,複雑な問題,複雑な状況を認識するための手段が必要であり,その1つにシステム思考があることを述べた。
 システム思考は,1956年にマサチューセッツ工科大学のジェイ・フォレスター教授が生み出したシステム・ダイナミックスという学問に端を発している。また,1990年にピーター・センゲがThe Fifth Discipline(邦訳「最強組織の法則」徳間書店,1995年)の中で,学習する組織にとってもっとも重要な規範としてシステム思考を取り上げた。既に多くの紹介事例や書籍がある。
 本連載で紹介するシステム思考リスクマネジメント手法は,リスク識別方法論であるPRIME(Practical Risk Identification Methodology)に,システム思考を加えたものである。ここで紹介する手法はPMBOKやP2Mを適用したプロジェクトマネジメントに統合して利用することが可能と考えている。以下では,リスクマネジメントの基本プロセスとPRIMEの概略を説明することで,システム思考を加えたリスクマネジメントの概観を示す。
 リスクマネジメントは,PDCAサイクルを基本とし,計画→特定→算定→評価→対応の各プロセスからなる。システム思考は,特定と対応のプロセスで必要となる。リスクの特定には,プロジェクトとその環境の認識が必要であり,複雑な関係を理解するためにシステム思考が必要となる。また,リスクへの対応の際に,対応策による影響を知ることが必要であり,そのためにシステム思考が有効な技法・ツールとなる。

 PRIMEは,リスク識別(特定)を効果的に行うための方法論であり,4つの要素と4つのプロセスからなる。4つの要素とは,モデル,シナリオ,シナリオ・マップ,リスク表現(リスクメタ言語)である。4つのプロセスとは,モデル作成,シナリオ分析,事象・影響分析,振り返り(ポストモーテム)である。1)モデルを作成し,モデルからシナリオを作成する。2)シナリオ・マップを利用して,シナリオの発生確率と影響度をチームで議論する。3)マップされたシナリオの内容を分析し,シナリオ表現に従って記述する。3つのプロセスを振り返り,改善点を議論するとともに資産として残す。

 次回からは,各プロセスに従ってシステム思考リスクマネジメント手法を説明したい。
ページトップに戻る