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「これからの「リスクマネジメント」のあり方」

河合 一夫 [プロフィール] :12月号

 これまで,数回にわたり「変化するリスクマネジメント」と題して,いろいろな角度からリスクマネジメントの変化や変化への対応を考えた。本稿では,それらを総括する。
 現在の社会に起きている変化は,プロジェクトを取り巻く環境の多様化,複雑化を招き,不確実性を増大させている。プロジェクトにおけるリスクは,「プロジェクトの目標に影響を与える不確実な事象あるいは状態」(プロジェクトマネジメント知識体系ガイド−PMBOK)と定義される。変化はプロジェクト目標に影響を及ぼす。新製品や新しいサービスの開発では,市場や顧客の変化により当初の目標を変えなければならないこともある。社会や経済構造の複雑さの増大により,小さな変化が敏感に反応し大きな変化を生むようになっている。バタフライ効果と呼ばれているものである。プロジェクトのステークホルダーの関係も複雑になっている。これらのことは,プロジェクトが単純な定義を許さなくなっていることを示している。予め変化を見込んでプロジェクトの目標を定めることはできない。状況に応じて変化を取り込み,変化に追従していくことが重要である。そこにプロジェクトにおけるリスクマネジメントが変化していく必要性がある。
 プロジェクトマネジメントは,コスト,スケジュール,品質,スコープ,リソースといった各要素のマネジメントから成り立っている。リスクマネジメントは,それらのマネジメントを支援するものであると考えられてきた。変化がプロジェクトの目標に小さな影響しか与えない場合は,それぞれのマネジメントにおける不確実な事象や状態をリスクとしてマネジメントすることでプロジェクトが実施できる。しかし,変化が目標に大きな影響を与えるようになると事情は一変する。プロジェクトを進める方向をいつでも360度変更可能にしておく必要がある。リスクマネジメントは,プロジェクトの舵としての役割を持つことが必要とされる。不確実性がプロジェクトに何をもたらすのか,それを管理し,プロジェクトの舵をきっていくことが重要になる。脅威(損失)というマイナス面だけではなく,好機というプラスの面も考慮することが重要となる。そこでリスクマネジメントに必要となるのが,複雑な問題の認識手法であり,認識した問題をマネジメントに取り込むための方法論である。それと同時に,変化に俊敏に反応する組織の構築が必要である。そこでは,組織の学習能力が問われる。
 複雑な問題の認識には,システム思考が有効である。各要素が複雑に関係しあい,ある変化がどのような結果を及ぼすのかを時間的な関係の中で理解することが必要であり,それを関係者間で共有するためのモデルとして記述することが必要である。本連載では,チェックランドのソフト・システムズ方法論を紹介し,問題の認識過程への適用を論じた。以下の図は,本連載を通じてリスクマネジメントの基本的な考え方になっているDRLサイクル(意思決定,リスクマネジメント,学習)に,システム思考を付加したものである。

DRLサイクル(意思決定,リスクマネジメント,学習)に,システム思考を付加したもの

 プロジェクトの目標を関係者が認識可能なモデルで記述し,共有する。そのモデルはプロジェクトそのものであり,それを用いて,リスクをマネジメントすることが必要となる。また,モデルの記述,関係者間での共有,モデルからリスクを識別し管理する,そういったことを実施するための方法論が必要となる。また,組織の学習を補強することも併せて実施していくことが必要となる。
 本連載では,リスク識別の方法論としてPRIME(Practical Risk Identification Methodology)を紹介した。この方法論には,システム思考の視点が抜けている。そこで,次回からはPRIMEにシステム思考を加え,リスクの識別から対応までを実施するための新たなリスクマネジメント手法について説明したいと思う。
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