グローバルフォーラム
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「グローバルPMへの窓」(第42回)
P2M 厳寒のウクライナを駆け抜けたP2M その1

グローバルPMアナリスト  田中 弘 [プロフィール] :2月号

 今回からは、先月号で予告のとおり、「厳寒のウクライナを駆け抜けたP2M」と題して、4回に分けて録画中継風にお伝えする。
 昨年秋にP2M2009夏の陣のなかでウクライナでのP2Mについて報告したが、それに続いて昨年12月に同国で行った大型普及活動での、P2Mを通じた日本とウクライナの交流は筆者の心に強く、またPMAJ史に残る軌跡であると考えている。
 筆者が昨年から3回ウクライナに渡航したというと、「田中さん、ウクライナはそんなに良い国ですか」と度々質問を受けるが、個人的な好みもあるが、良い国で大変好きです、と答えている。また、世界のあちこちに行ってどの都市が好きですか、と聞かれれば、1位がフランスのリール、これは筆者が所属するSKEMA Business Schoolの本拠地で、美しいし、大変住みやすいから、そして2位がウクナイナの首都キエフである。創設1700年でロシアの原点となったエレガントな街で友人が多いことから。ちなみに3位は沖縄の那覇である。南米のペルーで世界を知り、インドネシアで海外ビジネスの筆下ろしを行い、フランスで学者となった私にとって那覇のゆったりした街並みとテンポは、なんとも言えない居心地のよさと懐かしさを感じさせてくれる。
 さて、このシリーズの首題のウクナイナでの活動は、国際協力機構(JICA)のミッションで、ウクナイナでP2Mのマスターセミナーを5回開催し、同国でのP2M定着に向けての可能性を探査するという調査活動であった。この事業では、JICAでのウクナイナプロジェクトであるウクナイナ日本センター(UAJC)がスポンサーとなり、PMAJを代表する筆者とPMAJのカウンターパートであるウクナイナPM協会(UPMA)の会長であり、同国というかCIS諸国のPM最高権威のセルゲイ・ブシュエブ教授が連携して、P2M体系の講義とP2Mのうちのコア部分であるプログラムマネジメントの演習を通じてのP2M活用スキルの伝授を行った。
 成果として確かな手ごたえがあり、とりあえずは、最近流行の(元は近江商人の)三方良し(Win-Win-Win)を超えた五方あるいは六方良し、の方向が見えてきたと感じている。

 ウクナイナ渡航は福岡から始まった。出発の前日、昨年11月28日(土)にPMAJの九州P2Mセミナーが福岡であり、27日に乗り込んだが、ホテルで大変苦労した。2週間前にホテルを予約しようとしたら、5つのホテル予約ネットから試みたのにもかかわらず福岡市内のホテルがすべて満室なのである。何があるのか、大相撲福岡場所の千秋楽ではホテルが埋まるわけがないし・・・。分かったことは 音楽グループ ミスターチルドレンの福岡公演で九州一円と本州の山口あたりからファンが押し寄せるので満室とのこと。いや恐るべしである。ミュージシャンの公演で九州最大の都市のホテルの全室が埋まってしまうのである。ミスチルってそんなに人気があるのですか? 北九州のホテルでは29日早朝のフライトに朝一の下り新幹線でも間に合わない、はたと困ったが ANAクラウンプラザホテルに電話で泣きついて予備の部屋に予約を入れてもらうことができた。
 九州セミナーは、P2M九州研究会の皆さんの企画と準備万端で、講師の時機を得た講演を以て盛況で終了できた。また、福岡を訪れる楽しみであるモツ鍋や日本一の玄界灘の急流で身の引き締まった刺身も堪能できて、29日(日)7時のANA成田行国際線乗継便に搭乗し、25時間の旅が始まった。
 ANAのB737は国内線ではめずらしい国際線仕様で、がらがらの機内でゆっくりスタートを切ることができた。CAのお嬢さんが、長旅ですからと、のど飴などキャンディーを袋に詰めてくれたが、この優しいプレゼントが後にウクナイナで地方巡業中に大変役に立った。ありがとうございました。
 成田で、協会の職員と電話でいくつか業務の段取りをつけた後ルフトハンザでミュンヘン経由キエフに向かった。ウクライナに行くのに一番早いのはフィンランド航空のヘルシンキ経由(80年代にはヨーロッパというと唯一の直行便であったフィンエアを利用した)で、これであると夕方に着く。次に早いのはオーストリア航空のウイーン経由。この二つともパスで、ルフトハンザという快適なエアラインで、ミュンヘン経由は、フランクフルト経由より早く、同日中にキエフに着く。しかも、フランクフルト行きと比べると搭乗率が低いのでゆっくりできるメリットがある。この日もそうであった。
 道中珍しい機内販売品に出会った。本物のトランシーバーである。代金60ユーロで5キロ圏内まで通話OKとある。ウクライナでは、英語が通じないことが多いので、困った時に相棒のセルゲイと通話をできるよう、持たせようと早速購入したが、今時こんなもの不要だ、携帯電話を貸してやると即却下となってしまった(今このトランシーバーは、我が家の4歳と2歳の3人の孫の絶好のオモチャになっている)。ミュンヘンで乗継のヒマ潰しにカバンが大好きな筆者は、またひとつカバンを買い、帰宅後家人のブーイングを浴びることとなった。
 キエフには午後11時前に到着し、UAJCの主任ドライバー氏と筆者のTeaching Assistant エリアナ嬢の出迎えを受けた。+3℃と思ったより暖かい。福岡から25時間かかってホテルにたどり着いたが、すぐに寝ることはできず、エリアナ嬢と、スライドの更新箇所など通訳の下打ち合わせを1時間半ほど行い、午前2時ごろ就寝。
 翌日、路面が凍りつく中、セルゲイ会長が車で迎えに来て、揃ってUAJCに所長、GM、本事業担当のプログラムマネジャー オルガ嬢を訪問し、最終作戦会議を行い、事業の成功を誓った。
 ウクライ日本センターUAJCはJICAとウクナイナ最高位の大学 Ukrainian National University ‹‹Kiev Polytechnic Institute››(通称KPI カー・ペー・イー)のジョイントベンチャー・プロジェクト機構である。筆者にとって日本センターでのミッションは2002年のウズベキスタン日本センター(タシケント市)以来であり、学生の頃JICAに就職することを希望していた思いが別の形で現実となり、胸が高鳴った。
 UAJCが入居するKPIは同国で最優秀と云われる総合大学(日本では法文系に属する学部もある)で学生数4万人、教授・准教授8千名を数え、3 km x 2kmの緑豊かなキャンパスに80の荘重なビルが立ち並ぶ。
ウクライナP2Mチーム
ウクライナP2Mチーム(左からUPMAブシュエブ会長、UAJCオルガ嬢、TA エリアナ嬢)

その後、ウクライナでの筆者の本拠地である Kiev National University of Construction & Architectureに場所を写した。セルゲイ会長は本学のPM学部長である。ここでさらなる作戦会議や、同学の関係教授への挨拶などを行った。
 事前の予想では、P2Mマスターセミナーの参加者は各20名x 5回とされていたが、既に合計230名強のエントリーがあるとのこと。やったー、しかし、大変だな。明日からキエフで4日連続のセミナーで、その後、陸路移動と地方でのセミナーが繰り返される強行軍である。それに先立ち、勝手知ったる前線本拠で過ごせるのは実に恵まれている。
 私の再来を聞きつけた教授諸氏や博士課程の学生諸君が次々に挨拶に来る。
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