P2M研究会
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死生観とマネジメント

東京P2M研究会:虎谷 彰:11月号

グローバルビジネスにおけるコミュニケーションマネジメントでは、特に異文化コミュニケーションの理解が問われると言われます。個人主義が発達し、個人の疎外・離散が顕著なアメリカのような低コンテクスト文化では、メンバー間で共有される前提が限定されているため、個人は明確なメッセージを構築しなければなりません。英語圏ではディベート教育が重視されますが、この訓練により明快なロジック構築力が鍛えられ高度のコミュニケーターになれます。一方、日本は属人的な以心伝心と濃密な人間関係に依存した暗黙知を理解することが重要な高コンテクスト文化であります。日本語の場合、敬語など言葉の端々に相手への複雑な感情が含まれるせいかディベートがロジック構築による問題解決手法として社会的に定着していません。
 今年は大学生時代に熱を入れていた英語会話研究部のOB会による記念講演会の企画が起こり、私はその司会進行を引き受けることになりました。講師としてかつてアカデミック・ディベートの指導を受けたカール・ベッカー氏に依頼しましたところ、快く引き受けていただきました。

カール・ベッカー氏はシカゴ生れでハイスクール時代にイリノイ州ディベート大会のチャンピョンになりました。ハワイ大学で東西比較哲学の分野で修士号を得た後、1970年代に日本に渡り京都大学等で異文化観コミュニケーション論、東西比較宗教哲学、中でも仏教とキリスト教の他界観を研究されました。その一方で日本の各大学ESSにおけるアカデミック・ディベートの普及に精を出され、私も九州でその影響を受けた学生の一人でした。現在は京都大学こころの未来研究センター教授となり、日本研究の成果として国際教育研究会 (SIETAR) の国際理解賞を、ロンドンやボンベイの大学より名誉博士号を受賞する他、NHKテレビ「爆問学問」にも登場するなど、多方面で活躍されています。
先日30年振りに私はベッカー氏と再会し、講演テーマである「こころは元気か?日本的に医療と環境を考え直そう」について次の話を伺いました。
「日本人は世界に誇るべき倫理道徳観を保持してきた。それは生き方と死に方、医療と家族関係、そして商売や自然との関係の中にも見られる。但し過去数十年、日本人は物質文明を追求する余り、魂の砂漠をさまよっているように思われる。欧米諸国と交流せざるを得ない反面、西洋流の倫理を模倣しても、消費主義が作った環境問題や医療問題の解決にもならないし、日本の精神文化にもそぐわない。従って日本独自の歴史や道徳の中から自然の循環と人間の尊重に相応しい答えを探求する時代が来ていると確信している。」
アメリカ人でありながら、日本人の倫理道徳観を深く理解し、その希薄化に憂いを感じておられます。彼の影響で学生時代はディベートに興味を持ちましたが、今回は日本的死生観、すなわち我々は死者と共に生きているという感覚や歴史観について考える機会を与えられました。
 毎朝仏壇を前にしての念仏や初盆・送り火・精霊流しなどは、他界した先祖との連絡を取り続ける生活習慣です。道端にひっそり佇むお地蔵さんはかつてそこに死者がいたという場の歴史を物語っています。フロイトを起点とする精神医学では、死者との絆を痛みとともに見直し放棄することが健全な喪の作業とされているようですが、日本の伝統的智慧はむしろ、死や死者の霊を日常的に感じる方が、精神的に健康を保つことができるという考え方のようです。
 管理職になる時、「戦略」と「人間力」の二つがビジネスリーダーに求められる資質であると学びました。企業価値を高める仕組みを構築するために日本型PM知識体系であるP2Mを活用することは有効な戦略のひとつですが、日本独自の歴史や道徳を背景とした死生観により人生観を築くことも人間力向上の重要な要素のひとつになるかもしれません。大都会で生活している私にできることとして、まずは先祖の霊を大切に思い過去から未来への繋がりを意識することから始めようかと思います。
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