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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
〜日本について語ることができる力〜

井上 多恵子 [プロフィール] :11月号

 「ここは日本?それとも外国?」先日、勤務先の社員食堂で、あたかも外国にいるような不思議な感覚を味わった。打ち合わせが長引き、通常より遅い時間帯に一人で食べていたのだが、ふと気がつくと、私が座っていた6人掛けのテーブルは、ナンをちぎりながら、カレーを食べているインド人で満席になっていた。カレーのいい香りに包まれながら、私は彼らの会話に耳を傾けた。わからない。彼らは一体何語を話しているのだろうか?英語のようにも聞こえるが、違う言語のようにも聞こえる。皆インド人なら、なぜヒンズー語で話さないのだろうか?好奇心を抑えきれなくなって、思わず聞いた。 “Are you speaking in English and another language?” (英語と他の言語で、話しているのですか。)彼らは笑顔で教えてくれた。ヒンズー語には方言がたくさんあり、お互いに通じない場合があること。だから英語を共通語として使っていること。彼らのうちの一人は、地域特定の言語を使っている場所の出身で、ヒンズー語が話せないこと。だから、英語とヒンズー語で話しているのだということ。
 彼らは、プログラマーとして、あるプロジェクトに参画しているという。ある人は数週間だけ日本に滞在、ある人は2011年まで滞在するらしい。プログラミングの部分をインドにアウトソースするだけでなく、インドから人が来日し、日本に滞在しながらプロジェクトに関わるケースが身近に起きている、新たな発見だった。でも、残念にも思った。せっかく日本に来ているのだから、インド人同士で固まるだけでなく、もっと日本人と接し、日本のことを知ってもらいたいな、と。もちろん、彼らには、彼ら自身の事情があったのだと思う。昼休みぐらいは仲間と話し合いたいのかもしれないし、あるいは、職場の日本人が積極的に関わろうとしないのかもしれない。もし、後者だとしたら、異文化について学び、また、日本のことも知ってもらえるせっかくの場を活かしていないことになる。
 日本のことを知ってもらうことは、大事だ。10月23日付けの日本経済新聞は、かつてのようにモノだけで世界に感動を与えるのが難しい今日、「『メード・イン・ジャパン』世界に出て日本人の価値観を示す時だ」とのメッセージを伝え、実践者の例として、イチローをあげている。記事には、「イチローは、日本で身につけた『野球』を貫き、「ベースボール」の国に感動を与えている」と書かれている。
 城西国際大学は、日本について価値ある「情報」を発信する能力を持った人を育てている。同大学の募集要項には、「国際人文学部、国際文化学科、国際日本コース」では、「伝統的なものから漫画やアニメ、映像といった現代文化まで多岐にわたる日本文化の発信と、世界的視野で日本文化をとらえられる国際人の育成・比較の視点から異文化を適切に理解できる人材の育成を目指している」と書かれている。
 「グローバルコミュニケーションを円滑に行うためには、まず自国の文化を理解し大切にすることが大事」ある大学院で最近講義をした際、何名かの学生のアンケートに記されていたコメントの主旨だ。頼もしい。こんな学生が増えれば、世界に日本人の価値観を示していくことができそうな気がする。
 翻って、私自身はどうだろう?意識はあっても、知識は追いついていない。学生時代に、通訳ガイドの試験を受験した際、日本のことについて問われる二次試験で落ちてしまった。日本に旅行に来た人々を案内する通訳ガイドは、日本の歴史や文化や自然についての知識が求められる。その後リベンジを果たしたが、あれから20年以上も経った今、知識があるかと言われると、なんとも心もたない。成田空港から都心に向かう最中、ある外国人に車窓から見える景色についていろいろ質問されても答えられず、恥ずかしい思いをしたことがある。
 今は、たくさんの有益な情報を簡単に得られる時代だ。ネットだけでなく、リアルな場でも。例えば、9月には、日本で活躍し日本文化を広く理解している国内外の多彩なパネリストの対談を通して、「これからの時代、日本人はどう生き抜くべきか」を考えるシンポジウムが東芝国際交流財団の主催で開催された。「これからの20年〜世界が変わる・あなたの生き方」と題されていた。急速に変化し続ける世界。そこで生きていく中で、学生に伝えていることを自ら実践していったほうが良さそうだ。「日本について語ることができる力」を少しずつでも身につけていけたら、と思う。そして、あのインド人達に再び会うことがあったら、彼らがインドに帰った後も折りに触れて思い出すことができる、日本についての情報を共有したい。
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