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「ダイバーシティ時代のプロジェクトマネジメント」
〜物事を多様な視点で捉えることができる力〜

井上 多恵子 [プロフィール] :10月号

プロジェクトを進める際に、ある一つの方法に固執しすぎるあまり、解決策が見出せない、でも、誰かの発言をきっかけに、別の方法を思いつき、一挙に解決の方向に進んだ経験は皆さんにはないだろうか?私はこれまで幾度となくこういう状況を経験し、その度に、物事を多様な視点で捉え、状況に柔軟に対応することの重要性を痛感してきた。

和田裕美さんが、「人生を好転させる『新・陽転思考』」という本を出版した。根底にあるのは、「事実はひとつ、考え方はふたつ」という捉え方だ。これ自体は昔からある見方で、「水が半分入っているコップを見て、『半分しか入っていない』と思うか、『半分も入っている』」と思うかで、その後の行動に大きな違いが出てくる、という例がよく取り上げられる。4月に、映画レッドクリフ PartIIの広告が新聞に掲載された時も、「『なんとかしてよ』という人がいる。『なんとかするぞ』という人がいる。誰もが、どちらも選べる。」と書かれていた。心理が成績と勝敗に大きく影響するのが、ゴルフだ。フジサンケイクラシックの3日目を終えて単独首位を守った石川遼はインタビューに答えて、「3日目が鬼門。気持ちのコントロール一つでスコアが変わるのを痛感した。」と述べた。(9月6日付日本経済新聞)ANAの雑誌アズールの2009年秋号にも、冷泉彰彦氏による、興味深いエッセイが載っている。アメリカ人のコミュニケーションで多く見られるポジティブ・シンキングの例として、「本当に困難に直面している時に、アメリカ人は『困難』とは絶対に言わず、『チャレンジ(挑戦)』と言う」ことをあげている。そうすることで、言葉のニュアンスに前向きなパワーを示すことができるらしい。確かに、A difficult project(困難なプロジェクト)と聞いた瞬間、脳内に「大変」という文字が浮かぶ。メンバーをモチベートするプロジェクトリーダーの立場にある人は、言葉の使い方にも留意しないといけないのだ。

この9月に出版されたばかりの「PISAに対応できる『国際的な読解力』を育てる新しい読書教育の方法」(有元秀文氏 少年写真新聞社)によると、我々日本人は、「唯一の正解を求める」訓練を学校教育の中で、ずっと受けてきたらしい。「従来日本で行われてきた読解力のテストは、文章に書いてあることを正確に理解できることを評価したので、答えは一つしかない。一方、欧米教育では多様な読みがあっていいとしている。文章を正確に理解した上で論理が通っていればいいので、正解は無数にある」との記載がある。日本の小学校教育を受け、さらに、大学受験用に、マークシートで正解を求める訓練をした弊害だろうか、私自身、長い間、物事に対して複数の見方や、柔軟な捉え方ができなかった。ここ数年、キャリアカウンセリングの勉強の中で「認知の仕方」を学んだり、交渉の講座を教えたり、マネジメントとしてチームやプロジェクトをまとめていく中で、多様な見方をすることを少しずつ身につけてきている。交渉に臨む際は、まさしく、できるだけ複数のオプション(代替案)を持ち、複数の条件を柔軟に変えることで相手の合意を得ていくことがいいとされている。「事実はひとつ、考え方はふたつ」ではなく、「考え方は複数」の世界だ。何人かとブレインストーミング(アイデア出しの手法)をすることでオプションを増やすことや、交渉相手の立場に立ってシミュレーションをして(逆ロールプレイ)、強制的に考え方を広げる方法も推奨されている。

長年の習慣は、そう簡単には変えられない。だから、相当意識しないと、頭ではわかっていても、実践の場では狭い見方をしがちだ。よりうまく仕事やプロジェクトを進めていくためには、複数の見方(方法)があることを認識すること、そして常日頃から他の部署の人からアドバイスをもらうことも含め、異なった見方に接するよう意識して行動することが大事だ。プロジェクトであれば、自組織内、あるいは、日本の中でだけで進めないといけないのか。それとも世界中の到る所のリソースを活用できるのか。納期はFixされているのか。あるいは他の条件を満たせば、納期を遅らせられるのか。ユーザーのことを考えたら、今提案している仕様は本当に必要なのか。もっと簡素化できないのか。目的を達成する方法は一つでは無いはずだ。多様な人々が共に仕事をするグローバル時代は、こういったことに対して様々な視点を得るチャンスに満ち溢れている。先日、私も、PMAJ協会でアメリカ人のコンサルタントによる講演を聞くことができた。自分が今いる環境が比較的同質の人で構成されている人は、取っ掛かりに、PMAJ協会の集まりに出てみたらどうだろうか?
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