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「プロジェクトを成功に導く組織モデル(経営力と現場力をつなぐ)」

ITプロジェクトマネージャの成功条件WG マイクロソフト 浦 正樹 [プロフィール]  :10月号

ITベンチマークSIGに参加しているマイクロソフト株式会社の浦です。さまざまな組織のプロジェクトマネジメント力強化に関わり始めて十数年になる私ですが、ここ数年間は「日本の組織では、なぜプロジェクトマネジメントの仕組みが育ちにくいのか」という悩みをかかえてきました。この解決の糸口を見つけようと、2年ほど前からITベンチマークSIGにも参加し「日本の組織におけるプロジェクトマネージャの成功条件とは何か」という命題の解決に取り組んできました。そして、この活動を通じて私なりに考えたことや感じたことを2008年3月のオンラインジャーナルで「現場力のプロジェクトマネジメント」と題して、皆さんと共有させていただきました。今回は、その続編です。

さて、続編ということもあり、まずは前回の内容をかいつまんで説明することからスタートします。簡単にまとめると、前回の内容は「スタイルや価値観の異なる米国型のベストプラクティスを鵜呑みにするのではなく、日本の強みである現場力を生かした、グローバルで通用する日本型のプロジェクトマネジメントの在り方を考えよう」という提案でした。
これを受けた今回のテーマは「日本の組織でプロジェクトを成功に導くための組織モデル=経営力と現場力をつなぐ組織モデル」です。

日本型プロジェクトマネジメントの実現に向けた私の取り組みは、煩雑なプロジェクト間の調整(スケジュール調整やリソース調整)業務に現場力を活かすという発想から始まりました。そして、プロジェクトチーム内における調整やコミュニケーション、ゴール達成の仕組みにまで対象を広げてきました。これらの領域では、日本人の現場力、その中でも「すり合わせ」の能力や「高い当事者意識」が威力を発揮します。誰が伝承するでもなく引き継がれてきた現場力に明示的に取り組むことで、この強みをコントロールされた圧倒的な強みへと昇華できるはずです。ここにあるのは、ともすると失われつつある日本の現場力を維持してゆこうという消極的な姿勢ではなく、これをコアコンピタンスとしてさらに磨き上げようという積極的な姿勢です。
ところが、現場力をプロジェクトマネジメントに活かすための具体的なイメージがまとまりつつあった矢先、ある思いが頭の中をふと過ぎりました。

「日本の組織力をベストインクラスにまで押し上げるためには、長所を伸ばすだけではなく弱点の克服にも取り組むべきなのではないか」

その弱点とは経営力のことです。
「経営とプロジェクトマネジメントに何の関係があるのか」、そう思われる方もいらっしゃるかもしれません。確かに、PMBOK®に目を向けているだけでは経営とプロジェクトマネジメントの関係に目を向ける機会はそうはないかもしれません。それならば「経営とプロジェクト」の関係であればどうでしょうか。マネジメント バイ プロジェクトという言葉が示すように、多くの組織では、プロジェクトが経営の対象となっています。実際問題として、このような組織は、収益の大半をプロジェクトから上げています。
皆さんは、こういう言葉を耳にされたことはないでしょうか。

「プロジェクトを正しく行うことは大切だが、正しいプロジェクトを行うことは更に大切だ」

「プロジェクトを正しく行うこと」はプロジェクトマネジメントに深く関係しています。一方、「正しいプロジェクトを行うこと」は経営に深く関係しています。これらの関係をプロジェクトに着目して整理すると、次のようになります。

「経営とは、組織の戦略性や収益性の観点からプロジェクトミックス(どのようなプロジェクトをどのようなスケジュールで行うか)やプロジェクトに対する経営資源配分を決定することであり、プロジェクトマネジメントとは、その結果与えられた経営資源を活用しプロジェクトのゴールを達成することである」

プロジェクトマネジメントを強化することが私たちの最終目的であるならば、日本の組織は、現場力をプロジェクトマネジメントに活かすことだけを考えていればよいのかもしれません。しかし、最終目的が組織力の強化であり戦略性や収益性の向上であるならば、私たちは経営力の強化にも取り組まなければなりません。残念ながら、強力な現場力を背景に現場寄りで経営を行ってきた日本の組織は、米国の一般的な組織に比べ、この点で大きなハンディキャップを背負っています。このハンディキャップを克服しない限り、日本の組織力がベストインクラスに到達することはないでしょう。

紙面も限られていることですし、そろそろ少し具体的な話に移りましょう。
プロジェクトの観点からとらえた経営力のことを、ここではプロジェクトガバナンスと呼ぶことにします。プロジェクトガバナンスの「ガバナンス」とは、個々のプロジェクトの内部に閉じたガバナンスを指しているわけではありません。組織内で行われているプロジェクト群を対象として戦略性や収益性を最大化させるためのガバナンスを意味しています。プロジェクトガバナンスの中身は、組織内で行われている、もしくはこれから立ち上げようとしているプロジェクトに優先順位を付け、プロジェクトミックスやプロジェクトに対する経営資源配分を決定することです。米国の組織は、組織を構成するピラミッドのボトムライン、つまり現場の個々のプロジェクトにおけるチームメンバーの活動領域の情報をピラミッドの頂点(経営)に向けて積み上げることで、経営の意思決定を迅速で高品質なものにしています。さらに、経営の意思決定を現場のプロジェクトにうまく落とし込むことで、組織戦略と現場のプロジェクトの整合性を高い次元に維持しています。これらは、組織のピラミッド全体を対象とした大規模なマネジメントプロセス、役割が明確に定義された戦略的PMO、効率的運用のためのITという三位一体の仕組みのなせる業です。
ところが、このような米国のプロジェクトガバナンスの仕組みを機能させるためには、明確な役割分担と、現場レベルでのプロジェクトマネジメントの標準化が不可欠です。これらは、私たちがこれから目指そうとしている「現場力を活かしたプロジェクトマネジメント」の仕組みとの間に、多くのトレードオフを含んでいます。つまり、このような米国のプロジェクトガバナンスの仕組みをそのまま導入することは、米国のベストプラクティスを鵜呑みにする行為につながってしまいます。

結論を急ぎますが、日本の強みである現場力を生かしたグローバルで通用する「日本型のプロジェクトマネジメント」の仕組みとして、私は次のことを提案します。

@ 組織のピラミッドを、マネジメントサイクル上で、現場のプロジェクトマネジメントの領域とそれより上の領域(プロジェクト横断的な調整を行う領域と、経営が意思決定を下す領域)とに分離することで、プロジェクトガバナンスのピラミッドをコンパクトにする。
A コンパクトになったプロジェクトガバナンスのピラミッドでは、ガバナンス強化に向けたマネジメントプロセスや体制の整備、ITの導入を進める。ガバナンスから分離されることで自由度が維持できるようになった現場のプロジェクトマネジメントの領域では、現場力を活かしたプロジェクトマネジメントの仕組みの導入に全力をあげるとともに、プロジェクトマネージャのPMコンピテンシーの強化にも取り組む。

これにより、現場のプロジェクトマネジメントの標準化は、経営力強化のための必須条件ではなくなります。しかも経営に関わるステークホルダーの人数を最小限に抑えることができるため、意思決定を迅速化することができます。また、現場はガバナンスの制約を受けることなく、日本型のプロジェクトマネジメントの実現にまい進することができるようになります。

しかし、ピラミッドの分割にはトレードオフも存在します。「現場のプロジェクトの情報が経営に伝わりにくくなるのではないか」「経営が意思決定した内容が現場のプロジェクトにうまく落とし込めないのではないか」という懸念です。これらの懸念点は、日本人の当事者意識や優れた調整力、コミュニケーション力が解決してくれるはずです。柔軟な対応ができる日本型の戦略的PMO、縦横無尽なプロジェクトマネージャ、広い範囲をカバーできるリソースマネージャで対処可能と考えています。これらがうまく機能できたとき、日本の組織は「プロジェクトを成功に導くための組織モデル=経営力と現場力をつなぐ組織モデル」を手に入れることができるはずです。

今回はこれ以上の言及は避けることにしますが、このテーマに興味のある方は、9月24日発売の執筆本「プロジェクトを成功に導く組織モデル 」(日経BPソフトプレス:  こちら をぜひご覧ください。きっと参考になるはずです。
以上

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