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「変化するリスクマネジメント (5)」

河合 一夫 [プロフィール] :9月号

 変化するリスクマネジメントということで,我々が置かれている状況が大きく変わりつつある昨今,リスクマネジメント自体も変化すべきではないか,という問題意識から本連載を進めている.ここまでは,問題をいかに認識し定義すべきであるかという点に関して,チェックランドのSSMをリスクマネジメントに適用することに関して考えてきた.
 プロジェクトが置かれている状況は,複雑な様相を呈している.プロジェクトのゴールは,外部の状況に依存して変更せざるを得ない.問題が単純ではなく,複雑になり,それを定義することすら難しくなっている.何が問題なのか,関係者間で共有可能な定義が難しい.そこで改めて複雑さを考えてみると,単に規模の大きさや関係するステークホルダーの多さではなく,要素間の関係が入り組んでいることが複雑さの本質だと言える.複雑さとは,ある事象の発生によって,その結果が単純に推測できなくなることを示している.
 リスクマネジメントは,プロジェクトに将来発生すると思われる事象からどんな結果が得られるのかを予測し,対処するためのマネジメントである.しかし,複雑なプロジェクトは,従来からのリスクマネジメント手法では対応できなくなる可能性がある.例えば,100年に1度といわれる経済不況の問題がある.これは,サブプライムローンの破綻に端を発し,世界中の金融システムを揺るがした問題である.また,数々の食品偽装による社会問題がある.これら2つは,まったく別の問題だと思ってしまうが,複雑さによる予測不可能な問題という点では同じであると思う.食品偽装の場合,コンプライアンスの問題として考えることも必要であるが,「ここまでなら大丈夫だろう」とか「この程度なら安全性に問題はないだろう」という関係者の予測に対する甘い考えがあったのではないか.多分,リスクマネジメントは実施されていたのではないかと想像するが,ある事象がどういった結果を引き起こすのかを考えるための問題がきちんと定義できていなかったのではないかと推測する.言い換えるなら,システムとして考えていなかった点に問題があるのではないか.
 そこで,SSMに代表されるシステムズアプローチが必要となる.即ち,リスクの対象を個々の要素だけを考えるのではなく,要素の関係の集合として考えることが必要となる.言い換えるなら,複雑であいまいな要素を含んだ大規模な問題構造は,問題を個別要素に分けて考える分割統治では捉えることができない.そこで,問題の構造を捉えるために要素の関係に着目することが必要とされる.様々なシステムズアプローチがあるが,今回からは,二クラス・ルーマンの主張を考察し,プロジェクトにおけるリスクマネジメントへの応用について考えてみる.
 ルーマンの主張を考察する前に,プロジェクトマネジメントの教科書の1つであるPMBOK第4版を眺め,システムズアプローチの芽を探してみる.PMBOKの第3章に次の記述がある(以下は,2009年6月の日本語版より抜粋).
  • プロジェクトマネジメントは,統合的な活動である.その統合を行うには,各プロジェクト・プロセスと成果物指向プロセスは,相互の協調を促進するように他のプロセスと整合性を図り,連携していく必要がある.
  • プロジェクトは,組織の中で存在するものであり,自己完結型のシステムとしてそれを遂行することはできない.プロジェクトは,組織およびその外部からのインプット・データを必要とし,また組織に対し組織の実行能力を提供する.プロジェクト・プロセスの実績から,将来のプロジェクトマネジメントを改善する情報が生まれることもある.
 プロジェクトをシステムとして考えるなら,「システムは外部環境との間で情報の授受を行い,その形成を通じて周辺条件を変化させる機構を持つ」(河本英夫,オートポイエーシス,青土社,1995)と,述べているようにプロジェクトを理解することができる.
 ここで,少し脱線する.複雑さがプロジェクトマネジメントに何をもたらすのかを別の面からも考えてみたい.現在のプロジェクトマネジメントは,PDCAサイクルとも呼ばれている,「計画制御」が基本である.これは,機械の制御などと同じように,フィードバックループを持ったシステムとしてプロジェクトをマネジメントすることである.しかし,ある複雑さを持ったプロジェクトでは,この方法はうまくいかないことが多々ある.制御できないのである.例えば,直立二足歩行という,人にとっては容易(だが複雑)なタスクが,ロボットには非常に難しく,しかもぎこちない歩行しかできないことを考えてみる.ロボットの歩行は,事前に与えられたタスクを外界の状況を認識し,動きを計画し,それに合わせて実行している.そのことが「ぎこちなさ」を生んでいる.「計画制御」によるタスクの遂行が,現実的ではないことを示している(安富 歩,複雑さを生きる,岩波書店,2006).ある一定の複雑さを持った非線形性の強いプロジェクトの実行が,計画制御ではうまくいかないことがあるのは,このことからも推測できる.PMBOKやP2Mに記述されている各種プロセスを計画制御のもとで実行することが自明であるかのようであるが,プロジェクトの性質によっては,実はそうではないのではないか,筆者はそのことを問いたい.
 次回から,ルーマンの主張を考察したい.今回は,複雑さとプロジェクトのマネジメントに関して,システム的な見方が必要であることを述べた.筆者は,システム論に関しては素人である.間違った解釈や主張をしている可能性は大いにある.識者による異論や反論は,真摯に耳を傾けたいと思っている.
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