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「変化するリスクマネジメント (4)」

河合 一夫 [プロフィール] :8月号

 先月号で予告したように,今月は筆者が開発に携わっているPRIME(Practical Risk Identification Methodology)というリスク識別手法について概観するとともに,その手法へのSSMの適用を考えたい.もともと,この連載を始めるにあたって,さまざまな分野の視点から,今後のリスクマネジメントについて考えていくことを述べた.そこには社会科学的な視点やシステムズアプローチからの視点が入っていた.先回から取り上げているSSMは,その両面を持っていると考えている.
 まず,PRIMEの概要を簡単に述べる.
  • PRIMEは,リスク識別対象をHHMという手法を利用してモデル化する.このモデルはリスクの要因となる要素を階層的に表現したものである.
  • HHMは,HIERACHICAL HOLOGRAPHIC MODELING(階層化ホログラフィックモデリング)の略であり,Haimes(Yacov Y. Haimes,Risk Modeling, Assessment, and Management 3rd, WILEY, 2009)らが開発をしたものである.HHMはモデル構築時にリスク識別対象が持つ階層構造を用いるが,社会や文化的な視点も用いる.この点に特徴があり,信頼性や安全性のリスク解析で利用されるFMEAやFTAとは違う点である.
  • そのモデルを利用して,ブレーンストーミングによりリスクシナリオを作成する.リスクシナリオはいわゆる物語である.物語をメンバー間で共有することで,メンバー間でリスク対象に対する認識を共有することになる.
  • リスクマップを用いて,リスクシナリオの発生頻度と影響度の相対関係を明らかにする.この段階でも,相対関係をメンバー間で議論,共有することでリスク対象に対する認識の共有がされる.
  • 上記過程を経ることで,メンバー間でのリスク認知が共有される.
 PRIMEは,従来のリスク区分(リスク分類)やチェックリストという過去の経験を用いて未来のリスクを識別するというやり方から,現状の問題を分析し,その結果をモデルとして表現し,関係者間で問題状況を共有する点に特徴がある.しかし,モデルを作成する過程でバイアスや同調圧力などによる誤った認識でモデルを作成する可能性を孕んでいる.できれば,複数の視点によるモデルを比較することで,新たな気付きを得ることが望ましい.SSMを適用することで,この問題に対処可能となる.
 前回も記述したが,SSMは複数の関連するシステムのモデルと現実との差異を認識することで,状況を認識する.以下にそれを示す.
SSMは複数の関連するシステムのモデルと現実との差異を認識することで,状況を認識する

 PRIMEでは,単一のHHMモデルに対してリスクシナリオを作成することでリスクを認識する.SSMの考え方を取り入れることで,問題状況の把握がより広くなることが期待できる.リスク分析において,最も避けなければいけないことは,単一の視点のみから対象を判断してしまうことである.それによって,人間の認知的な弱みがでてくる.バイアスや同調圧力といった問題に対する正しい認識を阻む要因がリスク分析を歪ませることになる.
 以下の図は前回でも示した.DRLサイクルというプロジェクトの基本サイクルにSSMのサイクルを加えたものである.今回,紹介したPRIMEというリスク識別手法はモデルベースであり,SSMと併用することで,リスクマネジメントと学習サイクルの補完が可能になる.
DRLサイクルにSSMを加える

 これまで3回に渡ってSSMに関して,最近考えていることを述べた.従来のリスク分析は,問題となる状況を分析する際の視点が固定的で状況に対する変化への追従ができないように感じる.最初に述べたように,昨今,さまざまな変化が激しくなっている.そういった状況では,問題をきちんと定義することが難しくなる.そもそも定義すべき問題が何かが見えないのが問題なのであるから.現状のリスク分析が,定義された問題に対するアプローチであり硬い手法であるといえる.今後は,より変化への追従が容易であり,しかも問題がきちんと定義できない対象に対してもリスク分析が可能であることが望まれる.本稿で示したSSMといった手法を利用することが1つの解になると考える.
 次回からは,少しディープな話題となるが,二クラス・ルーマンのリスク論やベックなどの社会科学の目を通してみたプロジェクトのリスクマネジメントを考えてみたい.
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