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企業における知的財産の役割とP2M

清水 一志 [プロフィール] :9月号

1.知的財産の評価
 特許・実用新案・意匠・商標に代表される企業における知的財産とは、一般的に「研究開発活動によって人材が創出した知識(暗黙知)を組織に帰属する技術・ノウハウとして形式知に変換することによって経営資産化したもの」と定義出来る。近年におけるプロパテント(特許権等の知的財産権の保護強化)の趨勢から、M&Aにおけるデューデリジェンス(物件や企業、事業などを買収する際に、買収対象の価値やリスクを査定する作業)ならずとも、自社の持つ知的資産について、その金銭的価値を評価することが求められてきた。
 しかし、従来、知的資産としての技術は、企業の財務諸表に表れることがなかった。無形資産の企業活動における重要性は、かねがね指摘されていたが、そもそも財務諸表に表れる利益の概念すらも「オピニオン」の性格を有しており、まして無形資産の定量的評価の困難性から、直接的な評価は広まっていないのが現状である。過去の侵害訴訟事例等においても、特許対価の算出に時間価値=タイムバリューの概念が見られなかった。

2.知的財産の価値
 知的資産、特に特許の価値とは、R&Dの技術評価=価値評価(バリュエーション)に他ならない。即ち、コールオプションの考え方そのものである。これはリアルオプション・アプローチによる会計的評価の基本的な考え方の一つであり、この価値評価なしには、リスク評価におけるインパクトは想定しえないこととなる。
 コールオプションでは、将来、ある価格(権利行使価格)で株式を購入できる権利を手に入れることとなる。株式の価格は将来、上がるかもしれないし、下がるかもしれない。株価が上がれば、権利行使によって利益を上げられるし、株価が下がれば権利を放棄することになり、支払ったオプション代金は無駄に終わる。このアナロジーは、R&D活動を行って特許を取得することと同じである。従って、特許の理論価格は、コールオプションの理論価格を算定するブラック=ショールズ式を応用することで計算可能となる。

3.オープンイノベーションの動き
 特許の価値評価は、当然、自社の特許戦略を決めるポートフォリオの一助となるが、一方で、例えば以下の様に、評価軸を自社外部に置くことも出来る。
@自社実施より他社実施を重視し、ライセンスバリューがあるか否か
A他社が使いたいかどうか、その分野で標準技術、ひいては世界標準となりうるか否か
即ち、公開代償による排他的独占権としての特許取得→他社へライセンス→パテントプールとしての供与→業界標準・世界標準化を視野に入れるオープンイノベーション(企業内部と外部のアイディアを有機的に結合させ、価値を創造すること)そのものの考え方である。
 企業として一つの技術を適用するために、パイオニアとして特許を始めとする産業財産権によって、排他的独占権を得ることに注力し、パテントプールとして特許群を形成し、ライセンス等を行うことで先行者利得を志向する。しかし、技術を広めるためには、一方で、必ず標準化のコンセンサスが必要となる。特にパラダイムシフトを伴う構想には、独占よりこの標準化の働きかけが重要となる。様々なステイクホルダーを巻き込んだコンソーシアム形成と標準化の推進には、個別マネジメントを束ね、プログラムマネジメントを行うP2Mの枠組みが必須となる。特許の形で、独占を進める究極の姿が、公開・標準に収斂することには何か逆説的な感がある。

4.参考文献
1) 渡邉俊輔、知的財産、東洋経済新報社
2) ピーター・ボイヤー、技術価値評価、日本経済新聞社
3) ヘンリー・チェスブロウ、オープンイノベーション、産業能率大学出版部
4) 竹田和彦、特許の知識(第8版)、ダイヤモンド
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